老後のお金について考えるとき、多くの人が「いくら必要か」を考えます。しかし「貯めたあとをどうするか」を、同じだけ真剣に考えている人は多くありません。資産があるほど、その問いは重くなります。
「ここに来てよかったと思える日が来るとは…」年金月20万円・資産2億円の78歳女性、渋々入居した高級老人ホームで出会った〈思わぬ縁〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

おひとり様の相続対策

その翌週、カエさんは施設の相談員にも声をかけると、「出張相談に来てくれる司法書士を紹介できます」と教えてもらいました。

 

面談のなかで初めて2億円の全体像と向き合い、相続人がいない場合の財産の行き先(相続人不存在の場合、最終的に国庫へ帰属する)についても説明を受けました。「自分がなにもしなければ、このお金は自分に縁のない場所へ消えていく」という実感が、初めて湧いてきたといいます。

 

カエさんは現在、遺言書の作成を進めながら、資産の一部を夫が生前関心を持っていた医療分野の団体へ寄付する準備を始めています。まだすべてが決まったわけではありませんが、「2億円という数字が、ただ通帳に乗っているだけだったころより、いまのほうがずっと楽です」とカエさんは言います。

 

「ここに来てよかったと思える日が来るとは、入居した日には思っていませんでした。いくつになっても、新しい出会いは大切なんですね。いまはほかの入居者の方にも自分から話しかけるようになりました」

「お金があれば大丈夫」の先にある問い

マイ介護ホームが全国515件の高級老人ホームを対象に2025年に集計したデータによれば、入居一時金(全額前払い方式)の費用中央値は2,136.4万円、月額費用の中央値は31万円。月払い方式を選んだ場合の月額利用料の平均は50.3万円にのぼります。カエさんのような資産規模があって初めて現実的な選択肢になる施設です。

 

また、資産を持ちながら遺言書を作成しないまま亡くなる高齢者は少なくありません。法務省の「自筆証書遺言の保管申請件数」では、遺言書の保管申請件数は年々増加傾向にあり、2026年4月時点で12万35件ですが、それでも高齢者全体からみればごく一部にとどまります。子どものいない高齢者が亡くなり、法定相続人が存在しない場合、財産は最終的に国庫へ帰属します。「誰かに渡したい相手がいる」「社会の役に立てたい」という気持ちがあっても、遺言書がなければその意思は反映されません。

 

老後の資産形成は「いくら貯めるか」という文脈で語られることが多いですが、カエさんの経験は「貯めたあとをどう整理するか」という問いを立てています。

 

遺言書の作成は、死の準備ではなく「自分の意思を生きているうちに形にする」行為です。カエさんと同じフロアに住む女性のように「子に任せようと思っていたら、その子が先に逝ってしまった」というケースもあります。相続人の有無にかかわらず、早めに専門家に相談することが、のちのトラブルを防ぎ、自分自身の安心にもつながります。

 

「先延ばしにしていたことを、人に言われて初めてやる。情けないとは思いますよ」とカエさんは苦笑いしながら言います。「でも、ここで言ってくれる人に出会えたことは、本当によかった」。施設という場が、その縁を生みました。

 

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