(※写真はイメージです/PIXTA)
老後は安泰のはずだった
「退職したときは、もうお金の心配はしなくていいと思っていました」
そう話すのは、埼玉県内に住む田村浩一さん(68歳・仮名)。妻の美和さん(66歳・仮名)との2人暮らし。大手メーカー勤務を定年まで続け、60歳で定年退職、再雇用で65歳まで働きました。
退職金や長年の貯蓄を合わせた金融資産は約3,000万円。自宅マンションのローンは完済済みです。現在、夫婦の収入は年金のみで月24万円ほど。手取りでは21万円台になります。
現役時代に作成した老後資金計画では、90歳を超えても資金は残る見込みでした。
「旅行も年に数回は行ける。子どもに迷惑もかけない。そう考えていました」
ところが、退職からわずか数年で、その前提は揺らぎ始めます。65歳時点で月20万円ほどだった生活費は、現在では月27万円前後になっていました。
贅沢はしていません。しかし、あらゆるものが値上がりしています。
食費は月5万円から6万5,000円へ。電気・ガス代は月1万5,000円から2万5,000円近くまで上昇しました。マンション管理費と修繕積立金も月2万円から3万円へ上がっています。さらに、美和さんの膝の治療が始まり、医療費は夫婦合計で月1万円から2万5,000円程度へ増加しました。
総務省『家計調査 家計収支編』で高齢者夫婦(無職)のみ世帯における家計支出を比較すると、2025年4月と、2026年4月では、収入から税金や保険料を引いた可処分所得は0.7%増。一方で消費支出は3.39%増となり、収入よりも圧倒的に支出が増えているのが現実です。
「スーパーに行くたび値札が変わる。毎回少しずつだから気づきにくいんです。でも1年で見ると全然違う」
田村さんはそう話します。
年金手取りが約21万円。生活費は約27万円。毎月5万〜6万円の赤字です。不足分は預金から補い、年間では70万円近い取り崩しになります。
数字だけ見れば、すぐに困窮する状況ではありません。しかし、田村さんが不安を覚えたのは別の理由でした。
消えた「3,000万円の安心感」
ある日、田村さんは退職直後につくった資産管理表を見返しました。そこには「金融資産3,000万円」という数字が並んでいます。残高自体は今も大きく変わっていません。それなのに、安心感だけが消えていました。
「同じ3,000万円なのに、価値が違う気がするんです」
息子家族とファミレスに行くと、以前は家族5人で6,000円程度で済んでいたのに、今では1万円を超えることもしばしば。旅行代金も上がりました。ホテル代も1万円以下で泊まれることなどありません。交通費も高くなっています。
エアコンや給湯器など住宅設備の交換費用も、見積もりを取るたびに驚く金額が並びます。
「預金は減っていない。低金利でも増えもしない。でも使える範囲がどんどん狭くなっている」
そんな感覚だったといいます。
金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査(2025年)』によると、うち60代の二人以上世帯の金融資産のうち、40.5%が預貯金。株式(23.4%)、生命保険(10.5%)、投資信託(10.1%)と続きます。一方で、田村さん夫婦の金融資産はほぼ預貯金。
「投資で損をするのが怖かった。だから現金が一番安全だと思っていた」
その考えは今も変わりません。しかし、お金の額面は変わっていないけれど、確実に減っている――そんな不安に襲われています。