(※写真はイメージです/PIXTA)
保険金の受け取りと、背後に迫る「相続税」
葬儀を無事に終えたユリ子さんは、保険会社への手続きを行い、口座に1,000万円の死亡保険金が振り込まれたことを確認しました。通帳の数字をみて、ようやく5年間の重荷が降りたような、深い安堵感に包まれたといいます。
しかし、その安堵は長くは続きません。実家の土地の件も含めて、遺産整理のために紹介された税理士のオフィスを訪れた際、思いもよらない事実を知ったのです。
「お母様の遺産ですが、相続税の申告と納税が必要になります」
ユリ子さんは耳を疑いました。「保険は非課税じゃないの!?」思わず税理士に詰め寄ります。
日本の相続税には、
という基礎控除があります。一人っ子であるユリ子さんの場合、基礎控除額は3,600万円です。税理士が母親の資産を精査したところ、近年の地価上昇による実家の土地・建物の評価額、手元に残された預貯金、そして1,000万円の死亡保険金を合算すると、総資産がこの基礎控除額を大きくオーバーしていることが判明したのです。
生命保険には確かに「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があり、ユリ子さんの場合は500万円が控除されますが、それを差し引いたとしても、残りの500万円分はそのまま相続財産に加算されてしまうのが制度のルールです。
特例を適用してもなお、課税を免れなかった現実
動揺するユリ子さんに対し、税理士は一つの選択肢を提示しました。ユリ子さんが仕事を辞めて実家に戻り、亡くなるまで母親と同居して在宅介護を行っていた実態があったため、相続税の負担を大きく軽減できる「小規模宅地等の特例」が適用できる可能性が高いというのです。
この特例は、亡くなった人と同居していた親族が自宅の土地を相続する場合など、一定の要件を満たすことで、土地の相続税評価額を最大80%減額できるというものです。ユリ子さんのケースでも、この特例を活用して実家の土地の評価額を圧縮する方向で手続きを進めることとなりました。
しかし、この特例はあくまで「土地の評価額」を下げるためのものに過ぎません。いくら土地の価値を低く抑えたとしても、手元に残る預貯金の額や、非課税枠を超えて財産に算入された分の死亡保険金の総額が大きく、それらの合計が基礎控除額を上回ってしまえば、相続税の課税を免れることはできないのです。
今回の事例でも、土地の優遇措置をフルに活用したものの、ほかの財産との兼ね合いから最終的な課税対象額が基礎控除の枠内に収まりきらず、結果として、ユリ子さんには、受け取ったばかりの保険金のなかから、相続税を支払わなければならない義務が生じてしまったのです。
保険ショップのグレーな説明
母が加入した保険ショップにも確認に行きました。窓口の担当者は困惑した表情を浮かべ、こう返答します。
「生命保険の非課税枠を超えた分や、お客様の総資産が基礎控除を超えるかどうかにつきましては、税理士の範疇となりますので、私ども代理店では関与いたしかねます……」
代理店で具体的な税務の回答をできないのは事実ですが、顧客がほかにどれほどの資産を持っているかの全体像を確認せず、「非課税だからいいですよ」という部分的なメリットだけを強調し、将来的に基礎控除をオーバーして課税されるリスクを濁した説明はたびたび散見されます。
さらに、加入者側も「生命保険は非課税」という誤った情報で認識している人も少なくありません。ユリ子さんもその一人でした。
国税庁『令和5年分 相続税の申告事績の概要』によると、令和5年分の相続税の申告書提出に係る被相続人数は15万5,740人、課税割合は9.9%(およそ10人に1人)に達しています。特に都市部や近郊に実家がある場合、決して「一部の富裕層だけの問題」ではなくなっているのが現代のリアルです。
今後の生活が脅かされるわけではないものの、ユリ子さんの胸に突き上げたのは、あまりにも理不尽な現実に対する激しい憤りでした。
「誰か、どうにかしてよ! 5年間、自分のキャリアもプライベートもすべて犠牲にして、必死に母を介護してきたのに! 母が私のために遺してくれた大切なお金が、なんで税金で持っていかれなきゃいけないの?」ユリ子さんの悲痛な叫びが響き渡ります。
手元に残るはずだった金額が目減りしたこと以上に、国に税金を納めざるを得なくなったという事実に、釈然としない思いは消えません。在宅介護のあとのあまりにも苦い後味でした。
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