「現役時代に頑張って住宅ローンを完済し、老後はその家で安心して暮らす」――。これは戦後の日本において、多くの人が描いてきた老後の生活プランです。公的年金しか収入がない老後に、毎月家賃を支払っていくのは難しいのが現実。おまけに高齢者に物件を貸したいオーナーは少なく、親族が保証人にならなければ、築浅の物件は貸してくれないケースも。若いころに持ち家を買い、定年退職までに完済できれば、家賃の心配がなく安心して暮らせるはず。そう信じて住宅ローンを支払ってきた人は多いでしょう。しかし実のところ、必ずしも「持ち家=老後の安心」ではないようです。子育て期に、家族みんなで広々と暮らせるようにと建てた4LDKや5LDKの郊外の戸建て。一生ここで暮らそうと買ったはずの自宅に、定年退職後に住めなくなってしまって……。本記事では、T家の事例とともにマイホームの落とし穴について解説します。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
いまにして思えば、こんなに広い家、要らなかったな…年金月31万円の60代夫婦が「郊外のローン完済・4LDK戸建て」から「都心の家賃10万円・1DK賃貸マンション〉へ引っ越した理由 (※画像はイメージです/PIXTA)

ローンがなくなったのに、住み続けられないワケ

定年退職後の夫婦の年金は、合わせて月31万円ほど。2人の子供たちはどちらもすでに結婚し、都内にマンションを購入しています。それぞれしっかりした職に就き、収入は十分。子供たちにはもうお金はかかりません。車も軽自動車に買い替え維持費を節約するようにしました。預貯金は4,400万円あり、贅沢をしなければ年金だけで暮らしていけるはずでした。

 

ところが、妻Cさんの体調の変化によって、自宅での暮らしに強い不安を覚えるようになります。もしかして、この家にずっと住むのは難しいのではないか?と。

 

そのきっかけは、妻Cさんが軽い脳梗塞で1ヵ月入院したことでした。

 

「風邪薬を飲んだらなんだか呂律が回らないの」とある日妻Cさんがいいます。風邪薬の副作用だろうと本人はいうのですが、その数ヵ月前から妻Cさんの料理は味付けがおかしかったことや、最近頻繁にしゃっくりを繰り返すことなどをTさんは思い出し、すぐに病院に連れていくことにしました。

 

深夜の救急外来でしたが、検査の結果は脳梗塞であるとのこと。いくつか小さな出血の痕跡もみつかりました。料理がおかしかったのは数ヵ月前にも小さな出血があったせいかもしれません。血圧が180を超える日も多かったうえに、風邪薬でさらに血圧が上昇したのだろうという医師の説明でした。

 

意識はあり、手足は普通に動かせるようにみえましたが、左足にほんの少し違和感が残ったようです。退院後、妻Cさんは、「2階の寝室は怖くて昇れない」と訴えます。昇りはなんとかなっても、降りは顔から転げ落ちそうな感じがして怖いと。

 

夫Tさんはそれを聞いて、2階の寝室にある2つのベッドを1階に降ろしました。1階の小さな和室にベッドを入れて、そこを寝室とすることに。

 

「寝室を1階に降ろしてしまうと、もう2階は必要なくなったわね」と妻Cさん。2階にあったのは子供部屋と夫婦の寝室です。45坪の大きな家ですが、実際には今後2階に昇ることはあまりなくなります。夫Tさんも常に腰痛があるため、頻繁な昇り降りは避けたいところ。

 

1階の和室は、最近は夫Tさんの趣味であるアマチュア無線の部屋にしていました。大きなラック数台に機材を並べ、デスクと椅子を置いていたのですが、寝室にしたことでもう置き場所がありません。とりあえず2階に移しましたが、このまま腰痛が悪化すれば、いずれ夫Tさんも2階に昇ることができなくなりそうです。ガランとした2階を見上げ、自身も慢性的な腰痛に悩むTさんは、やりきれない思いで答えました。

 

「……ああ。いまにして思えば、子どもたちが巣立ったあとの暮らしに、こんなに広い家は要らなかったな」

 

ちょうどそのころ、さらなる問題が発覚します。