「現役時代に頑張って住宅ローンを完済し、老後はその家で安心して暮らす」――。これは戦後の日本において、多くの人が描いてきた老後の生活プランです。公的年金しか収入がない老後に、毎月家賃を支払っていくのは難しいのが現実。おまけに高齢者に物件を貸したいオーナーは少なく、親族が保証人にならなければ、築浅の物件は貸してくれないケースも。若いころに持ち家を買い、定年退職までに完済できれば、家賃の心配がなく安心して暮らせるはず。そう信じて住宅ローンを支払ってきた人は多いでしょう。しかし実のところ、必ずしも「持ち家=老後の安心」ではないようです。子育て期に、家族みんなで広々と暮らせるようにと建てた4LDKや5LDKの郊外の戸建て。一生ここで暮らそうと買ったはずの自宅に、定年退職後に住めなくなってしまって……。本記事では、T家の事例とともにマイホームの落とし穴について解説します。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
いまにして思えば、こんなに広い家、要らなかったな…年金月31万円の60代夫婦が「郊外のローン完済・4LDK戸建て」から「都心の家賃10万円・1DK賃貸マンション〉へ引っ越した理由 (※画像はイメージです/PIXTA)

総額6,300万円かけたマイホーム

<事例>

夫Tさん(67歳)定年退職した元会社員

妻Cさん(65歳)

子供2人 どちらも独立してマンションを購入済

自宅は築32年の戸建て・4LDK

預貯金 4,400万円

 

夫Tさんと妻Cさんが首都圏の郊外に戸建て住宅を購入したのは、32年前のこと。それまで職場に近い賃貸マンションで暮らしていましたが、子供が小学校に進学するのを機に、郊外に戸建て住宅を買うことにしました。

 

九州にある夫Tさんの父親から、「30歳も過ぎて家族もいるのに家を買っていないのか。家を買ってこそ一人前だ」と何度もいわれたことも家を買った理由のひとつかもしれません。母親からも、「定年退職したあとも住める場所を買っておきなさい」といわれたのを覚えています。

 

買ったのは妻の実家に近い郊外のニュータウンです。職場まで電車で1時間以上かかる場所でしたが、土地が70坪と広いことが気に入りました。駅からは徒歩30分以上かかる場所でしたが、夫Tさんも妻Cさんも運転免許を持っているし、自動車を買えば問題ないはずでした。

 

子供を2人か3人持ちたかったため、そこに建てた家は延床面積45坪の大きな家です。寝室と子供部屋を2階に作り、1階は家族が楽に過ごせるように大きなリビングを設計しました。そのおかげで子供たちはのびのびと育ったと思います。

 

購入時の資金計画は、土地代が3,000万円、建物が2,700万円、諸経費600万円の、合計6,300万円でした。自己資金は預貯金から1,000万円、父親からの贈与が1,000万円と、(当時の5分5乗[ごぶごじょう]方式によって贈与税は非課税でした)、4,300万円を住宅金融公庫からの住宅ローンで調達しました。当時の金利は4%です。2000年代に低金利政策となったのをきっかけに2%の民間ローンに借換え、繰上げ返済を繰り返して60歳のときに完済できました。会社員として順調に昇進できたため、住宅ローンの返済に困ることはありませんでした。