夫婦といっても、現役時代は仕事や子育てに追われ、実際に顔を合わせる時間はそれほど多くないものです。しかし、リタイア後は状況が一変。子どもが巣立ち、夫婦2人だけの時間が一気に増えることで、これまで見えなかった不満や価値観のズレが表面化することも少なくありません。よく聞かれるのは、妻が夫に耐えられなくなるケースですが、もちろん逆もあります。今回ご紹介するのは、妻からの“ありえない扱い”に限界を感じ、「もう離婚しかない」と決意した男性の事例。しかし、ある事実を知った瞬間、彼の態度は一変したのです。老後の夫婦関係に何が起きていたのか? FPの青山創星氏が詳しく解説します。
「離婚してくれ。お前とは、もう暮らせない」…妻の小言と“上から目線”に耐えかねた71歳夫。〈投資資産3,000万円〉で自由に生きるはずが…「やっぱり別れません」手のひらを返したワケ【FPの助言】
金銭面と精神面、両面からの客観的判断を
熟年離婚を検討する際には、金銭面と精神面、両面からの客観的な判断が欠かせません。
①金銭面の不利益
〈夫側〉仮に夫が「妻に先立たれる」という場合でも、結婚継続の方が約4,330万円有利。これに加え、配偶者控除の喪失、前述の譲渡所得税、介護の担い手や身元保証人を失うことによる有料サービス費用などが、家計に少しずつのしかかります。
〈妻側〉実は、妻側も離婚すれば大きな損失を負います。最大の打撃は遺族年金。結婚を続けていれば、夫の死後も遺族厚生年金と中高齢寡婦加算で手厚く守られますが、離婚すれば戸籍上は他人。遺族年金は一切受け取れません。妻の生涯での機会損失は約1,946万円にのぼります(※7)(※8)。
加えて、振替加算(妻の基礎年金への上乗せ)の生涯消滅、60代女性の再就職難、夫の社会保険の扶養を外れて国民健康保険料を全額自己負担と、専業主婦だった妻ほど痛手は深くなります。
なお、正雄さんのケースでは、夫(正雄さん)が会社員であるため、妻側も年金分割分(月約6万円)を確保できましたが、夫が国民年金のみの自営業者の場合、年金分割の対象外となり、妻側の老後リスクは一気に跳ね上がります。自営業世帯の妻は、iDeCoやNISA、自身名義の預貯金など、老後資産の準備状況を確認しておく必要があります。
〈夫婦共通〉相続税の配偶者軽減(1.6億円まで非課税)が双方失われ、資産家ほど打撃大。高齢単身者は住居確保も困難。高額療養費の世帯合算が使えず医療費負担増、介護費用も世帯分離で軽減されにくくなり、二世帯分の家賃・光熱費で総生活コストは1.5倍超に膨らみます。少なくとも、長年築いた資産や年金面だけを見れば、熟年離婚は想像以上に経済的負担が大きいケースが少なくありません。
②精神面・社会的影響こそ重大
また、男性は離婚後のメンタル悪化が長期化し、孤独死・うつ・アルコール依存リスクが急上昇。家事と健康管理を担ってきた配偶者の不在で、生活力そのものが崩壊しがちです。女性も、子・孫・親族との関係再構築という重荷を背負います。「自由」を手に入れた解放感は数ヵ月、孤独感は終生。これが熟年離婚の現実です。
現実を知った正雄さんの「最終決断」
「自由っていうのは、高くつくんだな。文句を言われる相手がいるのも、孤独よりマシか……」
結局正雄さんは、「やっぱり別れるのはやめにする」と恵子さんに告げました。恵子さんは一瞬目を見開いたあと、「あら、そう。じゃあ明日からゴミ出しはきちんとお願いね」と素っ気なく返したそうです。
熟年離婚は、勢いで決めてしまえば、人生の質そのものを失いかねません。弁護士・税理士・社労士・FPなど、複数の専門家に相談し、離婚後30年の収支まで具体化したうえで、冷静に考え抜くことが何より大事です。
※1 年金分割の試算:妻は長年第3号被保険者で厚生年金ゼロ。正雄さんの老齢厚生年金月13万円のうち、婚姻中の加入分(34年÷就業40年≒11.05万円)が分割対象。按分割合0.5の上限適用で約5.5万円が妻へ移り、夫は月約6万円減。年72万円×平均余命15年≒約1,080万円の生涯減(参照:日本年金機構「離婚時の年金分割について」、厚労省「令和6年簡易生命表」)。
※2 加給年金:厚生年金20年以上の人に65歳未満の配偶者がいる場合の年金加算。令和8年度は特別加算込み年額423,700円(昭和18年4月2日以後生まれの場合)。妻が65歳になるまでの残り4年分で約168万円(参照:日本年金機構「加給年金額と振替加算」)。
※3 夫側シナリオの試算(生活費控除前の累計受取額+資産): ・結婚継続:夫婦の財産6,500万円(投資3,000万+住宅2,500万+退職金残額1,000万)+年金月19.8万円×15年(約3,564万円)=約1億64万円。 ・離婚:財産折半後3,250万円+年金分割後月13.8万円×15年(約2,484万円)=約5,734万円。差額約4,330万円。
※4 国土交通省「住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討状況について」
※5 国土交通省「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」関連資料
※6 自宅について、離婚成立後の財産分与なら時価による譲渡とみなされるが、3,000万円特別控除の適用で実質非課税にできるケースが多い。一方、離婚前に名義変更すると夫婦間贈与となり、妻側に贈与税が発生(婚姻20年以上の夫婦間で居住用不動産を贈与する場合は基礎控除110万円+配偶者控除最大2,000万円までは非課税/国税庁No.4452)。なお、投資資産や現金については配偶者控除2,000万円の対象外で、基礎控除110万円のみの適用となる。参照:国税庁タックスアンサーNo.3114「離婚して土地建物などを渡したとき」、No.3302「マイホームを売ったときの特例」、No.4414「離婚して財産をもらったとき」、No.4452「夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除」。
※7 妻側シナリオの試算:妻61歳〜平均余命28年(89歳)の28年間で試算。結婚継続なら61〜65歳の4年間は遺族厚生年金(月9.75万円=夫の報酬比例部分の3/4)+中高齢寡婦加算(令和8年度年635,500円)で約722万円、65〜89歳の24年間は遺族厚生年金+老齢基礎年金(月6.8万円)で約4,766万円、累計約5,488万円。離婚なら遺族年金ゼロで61〜65歳は無収入、65歳以降は老齢基礎年金(月6.8万円)+年金分割分(月5.5万円)で24年累計約3,542万円。差額約1,946万円(参照:日本年金機構「遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)」「加給年金額と振替加算」、厚労省「令和6年簡易生命表」)。
※8 2028年4月施行の遺族厚生年金改正(20〜50代配偶者は原則5年の有期給付化)は、60歳以上の女性には経過措置により影響なし(参照:厚生労働省「遺族厚生年金の見直しについて」)。
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