仕事も生活も犠牲にして、母の介護を優先した57歳末娘

関東近県の地方都市に暮らす久美子さん(仮名・57歳)は、短大卒業後に地元の建設関連会社へ入社し、長年働き続けてきました。堅実な生活で、預貯金は約700万円。独身ながら数年前には住宅ローンも完済していました。

そんな久美子さんの生活が一変したのは、父亡き後に地方の小さな町で一人暮らしを続ける母・和子さん(仮名)が傘寿を迎えた頃でした。ある日、近所に住む知人から、「お母さん、この前、同じスーパーで1日に何度も買い物しているみたいだったよ。大丈夫?」と電話が入ったのです。

嫌な予感がした久美子さんが帰省すると、冷蔵庫には同じ食品がいくつも並び、飲み忘れた薬も残っていました。さらに、ガスコンロの火を消し忘れたのか、やかんを空焚きして焦がしたような形跡も見つかります。

当初は年齢による物忘れだと思っていましたが、転倒による骨折をきっかけに正式に認知症と診断。介護認定を受け、要介護3となりました。その際、ケアマネジャーからは施設入居も選択肢として示されました。しかし母は首を縦に振りません。

「施設なんて嫌。住み慣れた家を離れたくないわ」

そう話す母を見て、久美子さんは悩んだ末、一時的に実家へ戻ることを決めました。しかし、それには大きな代償もありました。

「フルタイム勤務を続けることが難しくなり、会社と相談して契約社員扱いへ変更しました。融通をきかせてもらうかわり、年収は500万円から約260万円まで減ったんです」

朝は食事の準備から始まり、通院の付き添い、介護サービスとの連絡調整、買い物、薬の管理。認知症の進行とともに見守りも欠かせなくなりました。

久美子さんが自分の生活を犠牲にして介護を続けてから4年後、和子さんは87歳で亡くなりました。しかし、ここからが、本当の“地獄”の始まりでした。