昨今、最低限の業務のみをこなし、精神的に距離を置く「静かな退職」という働き方が急速に広がっています。かつての熱意を失った社員と、その変化を察知できない組織の間で、目に見えない溝が深まっています。静かな退職の一例を通して、日本企業が抱える根深い労働課題を見ていきます。
「給料分しか働きません」54歳課長が絶句した、32歳部下の豹変…エース候補が「静かな退職」を決めたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

エース候補が省力対応になったワケ

東京都内のITコンサルティング会社に勤務する佐藤浩一さん(54歳・仮名)は、昨今の若手・中堅社員の働き方の変化に、戸惑いを隠せない一人です。特に、30代の主力部下であった高橋拓也さん(32歳・仮名)との間に生じた「決定的な温度差」は、佐藤さんの管理職としての自信を大きく揺るがしたといいます。

 

「半年前までの彼は、誰よりも先に提案書を出し、チームを牽引する存在でした。しかし、あるプロジェクトの繁忙期を境に、彼は別人のように『定時』に固執するようになったんです」

 

佐藤さんの語る高橋さんの変化は、劇的な衝突を伴うものではありませんでした。会議での発言は減り、自発的な提案は途絶えましたが、与えられたタスクだけは期日通りに、かつ「過不足なく」こなすようになったそうです。

 

「追加のタスクをお願いしようとすると、『それは私のジョブディスクリプション(職務記述書)の範囲外です』と、穏やかな口調で、しかし明確に拒絶されました。かつてのような、会社と共に成長しようという熱量は、彼から完全に消えていました」

 

高橋さんは、いわゆる「静かな退職(Quiet Quitting)」と呼ばれる状態にあります。離職はしないものの、仕事への意欲を最低限まで抑え、プライベートを最優先する姿勢を指します。株式会社マイナビの調査によると、正社員の46.7%がこの状態にあり、全年代の73.7%が今後もこのスタイルを続けたいとしています。

 

佐藤さんは、高橋さんと1対1の面談を重ねました。しかし、そこで返ってきたのは、きわめて冷静な考えでした。

 

「彼はこう言ったんです。『佐藤さん、僕は会社に骨を埋めるつもりはありません。頑張っても給与に反映される幅は小さく、責任だけが増えていく。それなら、今の給与に見合った成果を提供するのが、最も合理的な選択だと思いませんか?』と」

 

佐藤さんは、高橋さんの主張を真っ向から否定できず、返す言葉が見つからなかったといいます。厚生労働省『毎月勤労統計調査』によると、2026年3月速報で、現金給与総額は30人以上規模企業で61ヵ月連続のプラスとなり、実質賃金も3ヵ月連続プラスと好転しました。

 

*消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で実質化したもの

 

しかし、それまでの実質賃金減をカバーするのはまだ先の話。実感値としては「働いても働いても給与は上がらない……」という状況が続いています。そのようななか、自身の労働力を「市場価値」に見合わせて調整する感覚は、組織への忠誠を前提とする世代とは根本的に異なるといえるでしょう。