2017年~2018年にかけての暗号資産(仮想通貨)ブームによって、「億り人」が多数誕生し、話題になりました。ですが、その後の大きな下落により、億り人の多くの保有資産は1億円を下回ってしまい、彼らは「幻の億り人」と呼ばれることもあります。Aさんは、当時のブームのなかで、暗号資産によって大きな利益を上げた一人です。一時は2億円近い資産を築き上げ、多額の税金を納めたあとでも手元には「1億円」の現金が残りました。億り人となった彼は、念願のFIRE生活を手に入れることができたのです。そんなAさんを待っていたのは、輝かしい自由……のはずでした。今回はFP兼IT教育設計者の川淵ゆかり氏が、FIRE経験者のAさんの事例から、お金で買える自由と、お金では決して買えない「人生の質」を問い直します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「いえ~い!明日から死ぬまで無職だ!」資産1億円・35歳息子が始めたFIRE生活。8年後、65歳父が目撃した“死んだ魚のような目”でスマホを凝視する〈究極の無職〉の姿【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

息子と対照的な父親

母親から報告を受けていたAさんの父親ですが、やはり息子が心配です。さすがに死ぬまで無職は冗談だと思っていた父親は「仕事はしないのか?」とAさんに問いかけました。しかし息子は「う~ん、そのうちね」とはぐらかすばかり。

 

この当時、Aさんの父親は定年退職後、再雇用で働いていました。自分と妻の、これからの老後にかかる介護や医療の費用、老人ホームの費用のことなどを考えると、不安しかありません。Aさんは元SEということもあり、「ITスキルがあるからなんとかなるだろう」と思いつつも、「たしかに1億円を持っているかもしれないけれど、仕事も結婚もしないで大丈夫なのだろうか」とブラブラしている息子の将来が心配でなりませんでした。

「資産1億円」でも手に入らなかった社会的信用

そんなAさんの自由に、綻びが生じます。Aさんは、価格変動の激しい暗号資産はやめて、株式型投資信託を中心に運用していましたが、ここ数年の世界的な物価高のため、運用目標の見直しを迫られました。

 

ちょうど同じころ、Aさんには好きな女性ができました。住んでいたワンルームの家賃が上がったこともあり、一緒に暮らすためのマンション購入を考えた際のこと。大金を持っていながら、無職であることを理由にローンの審査に落ちてしまったのです。無職のAさんは、彼女の父親からも嫌われ、「1億円持っている」といいながら地味な生活を送るAさんに魅力を感じなくなってきた彼女からも愛想を尽かされてしまいます。

 

「1億円あるのに、なにも手に入らない」この現実に直面し、Aさんは自分の立ち位置を客観的に見つめなおすことに。

35歳からの再出発

焦りを感じたAさんは、仕事を探しはじめました。ですが、すでに35歳。ブランクがあるうえ、過去のハードな会社員時代がトラウマとなって、なかなか思うような仕事はありません。「とにかくなにか仕事をしよう」と、ソフトウエア会社を立ち上げた大学時代の同級生に泣きついて、アルバイトを始めました。久々の仕事に、いつかは自分も起業したいという夢まで膨らんでいきましたが、現実は甘くありません。なんと、その会社が突然倒産してしまったのです。つまりAさんは、また無職に戻ってしまいました。

 

IT業界の厳しい現状

IT業界は順調そうですが、実は意外と倒産件数が多いのが実情です。東京商工リサーチ(TSR)の発表によると、2024年におけるソフトウエア業の倒産数は223件(前年比12.0%増)と、2015年以降の過去10年間の調査で最多を記録しています。

 

IT業界はスタートアップ支援などを使い、低資本での参入も可能な参入障壁の低い業界ですが、下請け・孫請けといった多重構造のため、下流企業は価格交渉力が弱く、倒産しやすいのです。さらに近年の人件費高騰や、ユーザー企業自らの内製化の進展も相まって、経営はますます難しくなっています。

 

“内製化”とは、業務やサービスを自社内で遂行することです。なぜ内製化が進展しているのか。それは、加速するDXの流れで、企業は「自社の業務を深く理解した人材」を内部に抱える必要性が高まっていることにあります。過去の技術や仕組みで構築された、老朽化やブラックボックス化(仕様などの不明点の多い)が著しい、主に30年前に導入された古いシステム(レガシーシステム)は、AIや専門家でも対応が難しい側面も。特にAIは“正しい仕様”で動くため、仕様が不明なレガシーシステムでは判断できないのです。

 

日本は、「失われた30年」による資金不足で、新しいシステムへの入れ替えが難しかった企業が多く、このシステムを分析・改修するためには、業務知識とIT知識の両方を有する社内の人間が欠かせません。そのため、自社の業務を深く理解し、かつ古いコードも読み解ける「内部のIT人材」を確保する内製化のニーズが急速に高まっています。一般企業でも外部に頼らず、自社内で人材を育成し、専門知識や技術を蓄積しているのです。