(※写真はイメージです/PIXTA)
59歳まで生き残った男を苛む、学閥という「静かな疎外感」
50代前半で大半の行員が関連会社や取引先へ出向となりました。出向すれば給与は大きく下がりますが、Aさんは磨き上げた財務分析と企業再生の専門スキルを武器に生き抜き、59歳の現在も銀行本体に残っています。
役職定年を経て給与はピーク時より下がったものの、それでも月収は60万円前後を維持しています。出向して年収が半分近くになった同期たちに比べれば、間違いなく「勝ち組」の側です。しかし、経営陣や大企業のトップと渡り合う場に立つたび、Aさんは決定的な「身内か、それ以外か」という見えない壁を感じてきました。
「君も慶應だったね」「ええ、先輩と同じゼミでして」。先輩との外回りで感じる、雑談で伝統ある母校の話題が出た瞬間に生まれる絶対的な安心感と、強固なネットワーク。ジョブ型雇用が叫ばれるようになっても、「同じ学び舎で過ごした仲間」という、目に見えない強固な学閥が存在しています。学歴が隠れた資格となっているのです。高学歴で無能な同期がいても直視できないAさん。そこに、入り込む隙間はありませんでした。
「出向を免れ、現役で最前線にいる自分は、お前らよりもよっぽど成功しているはずだ」そう自分に言い聞かせても、心の奥底にこびりついた「18歳のときの敗北感」が消えることはなかったのです。
そんな思いもあり、Aさんは高校の同窓会のお知らせが届くたびに、惨めな気持ちを刺激されたくなくて不参加に丸をつけ続けていました。
どす黒い嫉妬の正体
今年で還暦を迎えるにあたり、Aさんは「一度くらい、同窓会に顔を出してみようか」と一念発起し、会場へ足を運びました。
会場では、やはり東大や早慶出身者たちがグループを作って当時の思い出を語り合っていました。大学卒業後、40年経っても高学歴はステータスに感じたそうです。彼らの多くは役職定年を迎え、現役時代の社会的地位を失いつつありましたが、共通の学歴を持つ者同士の連帯感は維持されていました。それを見たAさんは、夢のメガバンカーになっても、彼らのコミュニティには入れないことを痛感します。Aさんは勝ち組になったことを自慢することなく、疎外感を抱きながら傍観していました。
Aさんは思わずつぶやきました。
「40年前、受験に失敗したあの日、私の人生は決まっていたのかもしれない……」
専門職としての実績も、学歴に対する強い嫉妬心を消し去ることはできず、過去の失敗がどす黒い嫉妬としてヘドロ化し蓄積されています。
キャリアの肯定とこれからの老後に向けて
Aさんの事例からは、セカンドライフの生活の質は貯蓄額だけでなく、過去の経歴に対する自己評価に大きく左右されることがわかります。
Aさんがこれまでの人生で抱いてきた「失敗は成功のもと」と考え方を変えれば、かつての悔しさを浄化することができるでしょう。受験の失敗という強い劣等感があったからこそ、彼は銀行本体で59歳まで生き残るための圧倒的な専門性を身につけることができたからです。
もちろん、これからも嫉妬心は黒歴史としてつきまとうかもしれません。しかし、厳しい競争を勝ち抜き、夢だったメガバンカーとしてキャリアをまっとうしようとしている事実に目を向けるべきです。夢を叶えたからには、これまでの専門性を活かして社会に貢献し続けるといったさらなる努力が、結果として豊かな暮らしにつながるのではないでしょうか。
老後の資金計画において、解消されない負の感情は生活の質を下げる要因となります。他者との比較ではなく、自身の築き上げてきたキャリアに自信をもって前を向き進むことで、心の持ちようは確実に変化するでしょう。数字上の資産を管理すると同時に、自分自身の歩みを肯定することが、安定した老後生活を送るための鍵となります。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
共同代表