「実家は長男が継ぐのが当たり前」――。かつての日本の正論は、いまや過去のもの。住宅ローンに教育費と、負担の大きな現役世代にとっては、あまりにも重く、あまりにも残酷な「負債の押し付け」でした。ある親子のケースを通じて、実家の”負動産化”について考えていきます。
お前なんて息子じゃない!〈年金月12万円〉実家を死守する80歳母の執着。〈月収57万円〉55歳長男が絶句した「相続放棄」の非情通告 (※写真はイメージです/PIXTA)

「もう二度と帰ってくるな!」母の豹変と絶縁の宣告

東京都内の私立大学を卒業し、現在は中堅メーカーで課長職を務める田中一郎さん(55歳・仮名)は、月に一度、埼玉県内にある実家に通っています。10年前に父を亡くした母の和子さん(80歳・仮名)が一人で暮らしているためです。

 

築45年が経過した木造2階建ての住宅は、屋根瓦の一部がずれ、外壁には無数のひび割れが生じています。庭の雑草は冬場を除いて常に膝の高さまで伸びており、近隣住民から管理状態について苦情が寄せられることも少なくありません。

 

和子さんの主な収入源は、自身の老齢基礎年金と亡き夫の遺族年金を合わせた月額約12万円。和子さんはこの範囲内で日常生活を営んでいますが、固定資産税の支払いや、老朽化した箇所の適切な維持管理まではまかなえず、貯蓄を取り崩して対応しています。しかし、必要箇所をすべて直すだけの余裕はないといいます。

 

一郎さんの月収は57万円ほど、年収は900万円ほどですが、横浜市内に住宅ローンを残す持ち家を所有しており、中高生の子ども2人の教育費負担もピークを迎えています。実家の修繕や維持に恒常的な資金を捻出できるほどの余力はないのが実情です。

 

ある土曜日の午後、一郎さんは和子さんに対し、将来を見据えた実家の売却と、バリアフリー化された高齢者向け施設への入居を提案しました。

 

一郎さんが「この家を売って、僕たちの家の近くにある施設に移ることを検討してほしい。管理も限界だし、冬場の寒さも体に障るはずだ」と切り出すと、和子さんの表情は即座に硬直したといいます。

 

「ここはあなたのお父さんが一生をかけて守り抜いた家だ。長男であるあなたが継ぐのが当然だ」

 

和子さんにとって、この家を現状のまま維持し続けることこそが唯一の正解でした。これに対し、一郎さんは冷静に現状の数字を提示したといいます。

 

「僕はすでに横浜に家を買い、仕事や家族の生活がある以上、ここに戻って住むことはない。僕がこの家を引き継いでも、遠からず空き家になることは目に見えている。今のうちに売却して、母さんの今後の生活に充てるのが最も現実的な選択ではないか」