老後は、自然豊かな環境でのんびりと暮らす――。定年退職後のシニア世代にとって、田舎暮らしは魅力的なセカンドライフの選択肢の一つでしょう。しかし、憧れだけで安易に移住を決断すると、取り返しのつかない後悔を抱えることになります。今回は、60代夫婦の事例から、シニアの移住に潜むリスクについて解説します。(※登場する人物はすべて仮名です)
「私の知っている両親じゃない…」年金月18万円・66歳夫婦、念願かなって〈地方の庭付き一戸建て〉へ引っ越し。1年後、“あまりの変貌ぶり”に尋ねた長女が震えたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

誤算だらけの移住

夫婦を最も苦しめていたのは、「安く済む」と思い込んでいたお金の問題でした。たしかに家賃や地価は安いものの、スーパーでの食材の値段は東京とほぼ変わりません。むしろ、スーパーや病院へ行くために往復1時間以上車を走らせるため、ガソリン代が毎月数万円単位で飛んでいきます。2台分の車検代やオイル交換、冬用タイヤへの履き替えなど、維持費だけで年金の大部分が消えてしまうのです。

 

さらに、築古の一戸建てはリフォームをしたとはいえ隙間風が残っており、冬場の暖房費(灯油代と電気代)は東京時代の3倍以上に跳ね上がりました。「年金18万円では赤字ギリギリで、毎日お金の心配ばかりしているのよ……」とヒロコさんはため息をつきます。

 

そして決定打となったのが、厳しい「雪」でした。一戸建ての大きな敷地に容赦なく降り積もる雪。車を出すためには、毎朝数時間がかりで雪かきをしなければなりませんが、体力のないシゲルさんにとって、重い雪をスコップで掻き出す作業はまさに地獄でした。「除雪機を買おうにも、100万円近くするから手が出ない。連日の雪かきで腰を痛めて、病院通いでお金が飛んでいく悪循環だ」とシゲルさんはうなだれます。

 

夢見た「のんびりした老後」とは程遠く、過酷な自然環境とお金の不安に命を削られる毎日。手元の資金は底をつきかけており、かといってこの家がすぐに売れる保証もありません。東京に戻りたくても戻れなくなってしまったのです。

シニアの地方移住は「健康」と「資金力」が前提の選択

シニアの地方移住における最大の誤算は、生活コストの甘い読みです。たしかに地方は住居費が安く抑えられますが、生活のインフラが車社会であることを忘れてはいけません。一人1台の車の維持費(ガソリン代、車検代、保険料等)や、広い一戸建て・古民家特有の高額な光熱費がのしかかり、結果的に都市部で暮らすよりもトータルの生活費が高くなることも。年金月18万円という限られた収入の中で、こうした「地方特有の固定費」を計算に入れていなかったことが、家計を逼迫させた最大の原因です。

 

また、「田舎暮らしは健康であることが大前提」という事実も重要です。家の敷地の草刈りや冬の雪かきなど、自然を相手にする生活は想像以上に重労働です。60代前半のうちは体力でカバーできても、年齢を重ねて足腰が弱くなれば、いずれ自力での生活は困難になります。運転免許を返納した途端、買い物にも病院にも行けなくなる「買い物難民」「医療難民」に陥るリスクも高いのです。

 

さらに、今回の事例で致命的だったのは、退職金1,500万円のほとんどを初期費用(住宅購入・リフォーム・車の購入)につぎ込んでしまったことです。移住生活が合わなかったり、体調を崩したりした際の「戻るための費用」を残していなかったため、過酷な環境に縛り付けられる結果となりました。

 

定年後の移住を成功させるためには、いきなり家を買うのではなく、まずは「お試し移住」や「賃貸」からスタートし、自分たちの体力や経済力で本当にその土地で暮らし続けられるのかを見極める準備が不可欠です。