(※写真はイメージです/PIXTA)
1億円でFIRE達成も束の間、暴落の恐怖に怯える日々
「もし明日、相場が大きく崩れて資産が減ってしまったらと思うと、不安でお金が使えないんです」
都内の築40年の古い賃貸アパートで暮らす貯杉さん(仮名・52歳)の夕食は、もやし炒めと白米、そしてスーパーの見切り品コーナーで半額シールが貼られたお惣菜です。そんな貯杉さんの銀行口座と証券口座を合わせた資産残高は、1億円を超えています。
貯杉さんは中堅メーカーに勤めていた20代のころから、年収約600万円のうち手取りの半分以上を先取り貯蓄し、生活費を月10万円以下に抑える徹底した節約生活を送ってきました。浮いた資金の大部分は、趣味でもあった投資の勉強を活かし、手堅い優良銘柄の株式や持株会などで地道に運用を続けていたといいます。早期リタイアを意識し始めた近年になってからは、よりリスクを抑えるために広く分散されたインデックス投資へと資金を移しました。
「独身でこれといった趣味もなかったので、投資の勉強をしながら証券口座の残高が増えていくのを確認するのが、日々の楽しみだったのだと思います」
長年の複利効果もあり、50代に突入した時点で資産はついに1億円を突破しました。目標だった早期リタイアを決断し、晴れて自由の身となった貯杉さんでしたが、いざリタイア生活が始まると、思わぬ事態に陥りました。
毎月振り込まれていた給与という安定した収入源がなくなったことで、生活費のすべてを資産の取り崩しで賄わなければならなくなったのです。
スーパーの半額惣菜と図書館通いから抜け出せない
年間数百万円を取り崩しても計算上は資産が枯渇しないと、頭では理解しています。しかし、毎日のように証券口座のアプリを開いては、評価額の増減に一喜一憂する日々が続いています。
「いざ証券口座から現金を引き出そうとすると、心理的な抵抗感が強くてためらってしまいます。これまで長年積み上げてきたものを崩すようで、どうしても踏み切れないんです」
貯杉さんの資産の大部分は、日々価格が変動する有価証券です。昨今の不安定な世界情勢のニュースを見るたびに、資産が目減りしてしまうかもしれないという不安に苛まれます。結果として、貯杉さんは現役時代よりもさらに生活の紐をきつく締めました。友人からの食事の誘いもお金がかかるからと断り続け、日中は光熱費を浮かすために図書館で過ごしています。
「1億円を達成したら、たくさん旅行したり、美味しいものを食べたりしようと考えています。でも、今は資産が減っていくことへの抵抗感が強すぎて、結局なにもできていません」
1億円という莫大な資産を持ちながらも、「お金が減る恐怖」という呪縛から逃れられない貯杉さん。旅行や美食を夢見つつも、結局はいつもの半額惣菜を買い求める日々から抜け出せずにいます。
長年の過度な節約生活は、自由を手にしたはずのリタイア後の人生まで、蝕んでしまったようです。
増加する資産1億円以上の富裕層と、現金化の心理的ハードル
2025年に株式会社野村総合研究所が発表した最新の推計データ(2023年時点)によれば、純金融資産1億円以上を保有する「富裕層・超富裕層」の世帯数は、合計で約165.3万世帯にのぼります。前回推計の2021年から約11%増加しており、貯杉さんのように一般的な会社員から地道な資産運用を経て1億円に到達するケースも、一定数存在すると推測できます。
また、金融広報中央委員会(現・金融経済教育推進機構)の「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」における単身世帯のデータを参照すると、金融資産の保有額が多い層ほど、資産全体に占める有価証券の割合が高まる傾向が読み取れます。
預貯金と違い、有価証券は常に価格変動リスクを伴います。とくに定期的な給与収入がなくなるリタイア後の生活においては、相場の下落局面に直面した際、資産を取り崩すことへの心理的なハードルが高くなるのかもしれません。
有価証券の売却が将来の生活基盤を揺るがす行為のように感じられ、過度な節約に走ってしまうケースも少なくないと考えられます。
数字上の資産額だけでなく、リタイア後も心の平穏を保ちながら生活できる現実的な取り崩しの計画が、これからの単身FIRE層には必要になってくるのではないでしょうか。
[参考資料]
株式会社野村総合研究所「日本の富裕層・超富裕層の世帯数と純金融資産総額の推計(2025年)」
金融経済教育推進機構(J-FLEC)「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」