長年、組織の第一線で活躍してきたビジネスパーソンにとって、定年退職はゴールであると同時に、人生最大の「環境変化」でもあります。十分な退職金と安定した年金。一見すれば、誰もがうらやむ安泰な老後を手にしたはずの人であっても、いざ会社を離れると、想像もしなかった現実に直面することがあります。ある男性のケースをみていきましょう。
「もう、誰からも必要とされてない…」退職金3,200万円・年金月20万円の60歳元部長の絶望。定年後1ヵ月で届いたメールが「広告のみ」の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

定年後の本当の危機は「家計」だけではない

定年後、仕事中心の生活から一転し、役割や生きがいを失う人は珍しくありません。またそれにより、メンタルヘルス不調に陥り、うつを発症することも。

 

厚生労働省『令和2年 患者調査』によると、うつ病などの気分(感情)障害の総患者数は約172万人。年齢階級別では50代後半から60代にかけて受診者数が高水準で推移しています。特に男性は、現役引退期と重なる年代で受診割合が下がらず、一定数が医療機関につながっていることがわかります。

 

さらに、内閣府『令和5年版 高齢社会白書』では、60歳以上で「孤独を感じることがある」と回答した人は約4割にのぼります。社会的孤立は、抑うつ症状の有意なリスク因子とされており、国内外の疫学研究でも関連が示されています。

 

また、東京都健康長寿医療センター研究所などの研究では、就労や社会参加の機会を失った高齢男性は、抑うつリスクが上昇する傾向があると報告されています。収入水準よりも、「社会的役割の有無」が心理状態に強く影響する可能性が示唆されているのです。

 

ここで注目すべきは、経済的に困窮していない層にも発症がみられる点です。退職金や年金額と、抑うつの有無は必ずしも一致しないのです。役割の喪失、対人接触の急減、生活リズムの変化……いずれもストレス因子であり、強いストレスが一定期間続くことで、抑うつ状態や適応障害を引き起こすことがあるのです。

 

定年はゴールではなく、環境が急変する節目。家計の準備だけでは、心の安定までは保証できません。定年後に向けて、会社以外の趣味や人間関係をつくったり、ボランティア活動や地域の活動に参加したり、50代から準備を始めることが大切。また早寝早起き、適度な運動など、生活のハリを意識的につくり、生活リズムを維持することも重要です。