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「施設=安心」という幻想と、高齢者が求める「社会的役割」の欠落
十分な経済力があり、設備の整った施設に入居したとしても、精神的な不適応を起こすケースは珍しくありません。家族側は「プロに任せるのが一番」「安全で清潔な環境が幸せ」と考えがちですが、ここには大きな認識のズレが生じています。
厚生労働省『令和5年版高齢社会白書』によると、高齢者が生きがいを感じる場面として「孫など家族との団らん」を挙げる割合は依然として高く、一方で、「何もしないでゆっくり休むこと」に生きがいを見出す人は少数にとどまっています。
また、内閣府『高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』などでは、一人暮らしや施設入居などで「近所の人との交流がほとんどない」高齢者ほど、生活満足度が著しく低下する傾向が示されています。
これらのデータからみえてくるのは、高齢者にとって重要なのは単なる「安全」や「安静」ではなく、「関わり」や「役割」であるという点です。
しかし、多くの有料老人ホームでは、事故防止やリスク管理の観点から、入居者に刃物を持たせない、高所作業をさせないといった制限が設けられています。安全確保は当然不可欠ですが、その結果として、長年家族を支えてきた主婦や、職業人として社会に貢献してきた人々から「誰かの役に立つ機会」が奪われてしまうことがあるのです。
役割の喪失は、活動量の低下を招き、それが認知機能の衰えや抑うつ傾向につながる可能性も否定できません。介護を単なる「生活行為の代行」と捉える限り、高齢者は次第に「してもらう存在」へと固定化されてしまいます。
経済的な余裕があるからといって、施設入居が常に最適解とは限りません。もちろん、介護負担や安全確保の観点から施設が必要な場合も多いでしょう。しかし本来問われるべきなのは、「どこで介護するか」よりも、「その人が最後まで誰かの役に立っていると実感できる環境をどう確保するか」なのかもしれません。