「親の面倒を一番見てきた私にこそ、親の最期を決める権利がある」そう考えるのは自然なことですが、介護の実績と、医療判断における決定権はイコールではないのが実情です。本記事では、西川満則氏、福村雄一氏、大城京子氏、小島秀樹氏共著の書籍『終活の落とし穴』(日本経済新聞出版)より、家族だからこそ見失いやすい「代理意思決定者の適格性」について、具体的な判断基準をもとに解説します。
「何年も会っていない兄たちは口を出さないで」介護付き有料老人ホームでも手に負えず病院へ…衰弱する“認知症の80代母”を前に、疎遠な兄より介護を担った次女が〈意思決定者〉になれない理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

「代理意思決定者」の適格性

医学的判断としては、医学的に胃ろうを造設することは可能で、積極的に勧めるわけではないが、安全性はあります。ただし、本人が望まないのであれば「しない」ことが大切なのではないか、といった考えでいました。ここで私たちが実行した具体的な支援は、「次女は代理決定者として不適格かもしれない」と判断しつつも、一方で、「本人のことを考えてかいがいしくケアをし、辛い思いをしている次女も、家族ケアの対象である」ことを確認して、代理決定者としては不適格だけれども、私たちがケアの対象とすべき家族として次女を捉えよう、と話し合いました。

 

それまで本人が生活していた介護付き有料老人ホームからの聞き取りも行い、老人ホームにおける大事な決断の際にも、やはり次女単独ではどうしても判断できなかったという情報が入ってきました。そこで、次女だけで決断を下すのは難しいかもしれないので、よかったら長男や三女も交えて、一緒に最善について話し合いませんかと提案したところ、次女は取り乱して、冷静に話し合いをするような精神状態ではなくなってしまいました。病院には在院日数制限があるため、老人ホームに戻られることになり、結局介入が途絶えてしまいましたが、私たちとしてはそれまで話し合った内容を次の老人ホームのスタッフたちに託したといった経験があります。

 

次女は大切なケアの対象ではあるけれども代理決定者としては少し不適格であるという視点を、直接その人に指摘しないまでも、スタッフの中で共有することを通して整理することにつながった事例でした。

 

さて、この事例では「代理決定者」という言葉を用いましたが、厳密には、日本には制度としての代理決定はありません。家族だからといって、本人の医療判断をする権利はありません。もちろん、医療者にもその権利はありません。厚生労働省が発行している「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」にも、基本は本人が決める、次に本人の意思を推定する、本人の意思を推定することも難しかったら、代弁者家族や医療ケアチームが本人にとっての最善を考える、といったことが書かれています。

 

どんなに献身的な介護をしても、代理決定者にはなれません。そして熱心すぎるがゆえに自分の気持ちが入りすぎて、代弁者としても不適格という烙印を押されないように注意しましょう(言葉が過ぎたでしょうか。この執筆では、筆者は「キャラ変」していますのでご容赦ください)。

 

 

西川 満則 

福村 雄一 

大城 京子 

小島 秀樹