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「自分が苦しい時でも、母だけは……」57歳、手取り減に悩む息子の葛藤
都内の中堅メーカーに勤務する山田一郎さん(57歳・仮名)は、この数年、自身の家計状況に言いようのない不安を抱えてきました。役職定年を目前に控え、残業代の減少や物価高が重なり、以前に比べて手取り額が明らかに減っていたからです。
そんな山田さんが、20代のころからずっと続けてきたことがあります。地方の実家で一人暮らしをする母・美津子さん(82歳・仮名)への、毎月3万円の仕送りです。
「父(美津子さんの夫)は早くに亡くなり、母は女手一つで私を育ててくれました。現在の母の年金は月額9万円ほど。持ち家で地方での暮らしとはいえ、医療費や光熱費を考えれば決して余裕があるわけではありません。せめて美味しいものを食べてほしいという思いから、毎月、給与振込日に合わせて送金してきました」
しかし、山田さん自身の生活も楽ではありません。大学生の末子の学費に加え、自身の定年後の生活設計を考えると、月3万円の支出は重くのしかかります。妻からは「少し額を減らしたら?」と提案されたこともありましたが、山田さんは「これだけは削れない」と頑なに拒んできました。
そんななか、山田さんの会社で希望退職者の募集が始まりました。残るべきか、それとも去るべきか――どちらにせよ茨の道です。残る決断をしても、きっと給与減は避けられない。転職を決めたところで、今以上の待遇は難しいことは何となくわかっていました。
そんなある週末、法事のために実家へ帰省します。そこで母・美津子さんは、息子の異変を敏感に察知していました。
夕食後、茶の間で二人きりになった際、美津子さんが「会社、大変みたいだね。大丈夫なのかい?」と静かに切り出しました。希望退職を募っていることは、新聞でも報道されています。美津子さんも、どこかで目にしたのでしょう。山田さんは「大丈夫、心配いらないよ」と誤魔化しましたが、美津子さんは立ち上がり、奥のタンスから一通の茶封筒を持ってきました。
「これを受け取って。一郎にはずいぶんと無理をさせてしまったね……」
差し出された封筒のなかには、厚みのある札束と、一冊の預金通帳がありました。美津子さんは、一郎さんからの仕送りは別の預金通帳で管理していたのです。30年近く続いた仕送りですが、ほぼ手つかずの状態でした。
「仕送りはもういいと言っても聞いてくれないから。でも毎月の仕送りがあったから、これまで安心して暮らすことができたんだよ。本当に今までありがとうね」
総額で1,000万円以上。想定外の展開に、山田さんはなかなか言葉が出てきません。やっと出てきたのは「1円くらい使えよ」という強がりだけで、母の優しさに触れて涙が止まらなかったといいます。