超高齢社会を迎え、認知症は誰もが直面しうる身近な課題となりました。 しかし、初期段階特有の「振る舞い」や、親子の心理的な距離感が障壁となり、適切な支援が遅れるケースは少なくありません。 ある親子のケースをみていきます。
「私は大丈夫よ」年金月12万円・82歳母を信じた1年後、認知症発覚。52歳息子「なぜ気づけなかった…」と自責 (※写真はイメージです/PIXTA)

「大丈夫」の裏側に隠れた異変

都内のIT企業で課長職を務めている山田雅人さん(52歳・仮名)。 埼玉県内の実家には、5年前に夫を亡くした母の和子さん(82歳・仮名)が一人で暮らしています。 山田さんは月に一度、土曜日の午後に実家を訪ねるのが習慣でした。

 

「わざわざ来なくていいのに。私は大丈夫だから」

 

玄関を開けると、和子さんはいつも同じ言葉で山田さんを迎えました。 身なりは整っており、一見すると以前と変わらない生活を送っているように見えました。 和子さんの主な収入は月12万円ほどの公的年金ですが、これまではその範囲内で計画的に暮らしをやりくりしてきたのです。

 

しかし、2年ほど前から山田さんは、家の中の細かな変化に違和感を抱き始めていました。 冷蔵庫を開けると、同じメーカーの納豆が4パックも重なっています。奥には賞味期限が1週間切れた牛乳がありました。 山田さんが「これ、切れてるよ」と指摘すると、和子さんは即座に笑って「うっかりしてただけよ。年のせいね。でも、生活に困ってはいないわ」などと返します。

 

居間のテーブルには、公共料金の督促状が数枚置かれていました。 和子さんはかつて銀行に勤めており、金銭管理には厳格な性格でした。 山田さんが「俺が代わりに払ってこようか」と提案すると、和子さんの表情は一変し、「そこまでしなくていい。まだ自分でできる」と声を荒らげたそうです。 このときは、年寄り扱いされることをひどく嫌っているのだ、と山田さんは考えました。

 

事態が大きく動いたのは、それから1年後のこと。 近隣住民から「お母さんが夜中にパジャマ姿で外を歩いていた」と連絡が入りました。 山田さんが駆けつけると、和子さんは自宅の居間で寒さに震えながら座り込んでいました。暖房の使い方がわからなくなっていたのです。

 

「寒くないの?」と問う山田さんに、和子さんは力なく答えました。

 

「節約よ。年金暮らしなんだから。……それより、さっきお父さんが帰ってきたのよ」

 

父は5年前に亡くなっています。 和子さんが現実と記憶の区別がつかなくなっていることが、誰の目にも明らかになった瞬間でした。後日、山田さんが付き添って病院を受診した結果、アルツハイマー型認知症と診断されました。 和子さんの引き出しからは、書きかけの介護保険申請書類が見つかりました。 氏名の欄だけが震える文字で埋められ、その先は空白のままだったといいます。

 

「母にとって『大丈夫』という言葉は、自分の生活を自分で守り続けたいという意思表示だったのだと思います。息子として、その言葉の背景にある異変をもっと早く受け止め、診察を勧めるべきでした」

 

山田さんは現在、週に一度の訪問介護を取り入れながら、遠距離でのサポートを続けています。