老後は空気のきれいな場所で、のんびりと庭いじりを楽しみたい――。 長年都会の喧騒の中で働いてきた人々にとって、それは共通の理想かもしれません。十分な貯蓄と現役時代に築いた資産があれば、その夢は容易に叶うはずだと考えがちです。しかし、実際に移住を決断した人の前に「地方と都市の構造的な格差」が立ちはだかることがあります。地方暮らしに一定の満足を感じながらも、将来への不安に直面する夫婦のケースを見ていきます。
年金月28万円で余裕のはずが…〈都心のマンション〉を売却して〈地方の庭付き一戸建て〉へ。老後安泰を夢見た68歳夫婦、想定外の格差に撃沈 (※写真はイメージです/PIXTA)

「医師偏在」の統計が示す、老後移住の見えない壁

日本の医療体制が抱える「医師偏在」という構造的な問題。地方移住を検討する際、多くの人が「物価の安さ」や「住居費」に目を向けますが、高度な医療を継続的に受けるためのコストを見落としがちです。

 

厚生労働省『医師・歯科医師・薬剤師統計(2022年度)』によると、医療施設に従事する医師の人口10万人あたり数は全国平均で267.4人。最高値の「徳島県」は360.6人、最低値の「埼玉県」は195.3人と、地域によって約1.85倍の差があり、状況は大きく異なります。一般的に都市部では医療機関が集中し、医師数が多い傾向にあります。一方、地方では医師不足が慢性化しており、診療科の偏りや高齢化も課題となっています。

 

また、内閣府『高齢者の健康に関する意識調査』によると、「医療サービスを利用するにあたって困っていること」として、「診察に時間がかかりすぎる」(19.8%)、「費用がかかりすぎる」(12.4%)のほか、「医療機関が近くない」(8.3%)、「往診に来てくれる(かかりつけ医等)がいない」(4.9%)など、医療サービスの地域差に起因する困りごとが上位を占めています。

 

豊かな自然や人間関係を手に入れ、穏やかに過ごす老後の地方移住。しかし、それが必ずしも「終の棲家」になるとは限りません。年齢とともに医療や介護の重要度は増していき、移住当初の思いが変わることも十分に考えられます。万一のときに都会に戻る準備をしておくことが、地方移住で安泰の老後を送るためのポイントかもしれません。