(※写真はイメージです/PIXTA)
理想の暮らしの裏側で大きくなる健康への不安
都内の中堅メーカーで働いていた佐藤健一さん(68歳・仮名)と、妻の美代子さん(65歳・仮名)は、2年前に大きな決断を下しました。
長年暮らした都内のマンションを売却し、健一さんの故郷に近い北関東に引っ越したのです。売却益で手に入れたのは、念願だった広い庭付きの平屋でした。
「あくまでも通勤の便だけを考えて、都内のマンションを買いました。ただ私は田舎出身の人間なので、家といえば庭付きの戸建てが基本。引退したら地元近くに帰り、庭付きの一軒家に住むことをずっと考えていました」
現在、夫婦の年金は月28万円程度。コツコツと貯めた預貯金のほかに、2,000万円ほどの退職金もあります。「お金で困ることはないと思っていました」と健一さんは振り返ります。
「地元の集会にも積極的に顔を出していますし、近所の方々とも良好な関係を築けています。東京にいたころは車のクラクションなどで起きることもありましたが、今は鳥のさえずりで目が覚める。東京では味わえなかった贅沢です」
健一さんは穏やかな表情で語ります。多くの移住失敗談で見られるような、地域コミュニティでの孤立や深刻なトラブルはありません。むしろ、地元の人々からは「東京から戻ってきた佐藤さん」として温かく迎え入れられました。定期的な清掃活動や会合にも夫婦で参加し、円満な人間関係を築いています。
しかし、移住から1年が過ぎたころ、健一さんの持病である心疾患の経過観察が、生活の歯車を少しずつ狂わせ始めました。
「地元のクリニックは非常に親切ですが、私の疾患を専門的に診てくれる設備や専門医がいません。今では、現役時代からお世話になっている都内の大学病院まで、2~3ヵ月に一度は通う必要があります」
自宅から最寄りの新幹線駅までは車で30分。そこから新幹線と在来線を乗り継ぎ、都心の病院へ向かう行程は、往復で4時間を超えます。
「体力的にきついのはもちろんですが、地味に痛いのが交通費です。夫婦で付き添えば、一回の通院で交通費だけで3万円近くが飛んでいきますから」
美代子さんも、将来的な不安を隠せません。
「今は主人が運転できるからいいですが、いつか免許を返納したらどうなるのか。地域のバスは1時間に1本。専門的な医療が必要になったとき、この場所で最期まで暮らせるかといえば……自信がありませんね」
日々の生活は穏やかで、「今は幸せ」と二人は口を揃えます。しかし、庭の手入れにかかる体力的な負担や、医療アクセスの格差を実感するにつれ、ここを「終の棲家」とする自信がなくなっていくといいます。
「これ以上悪くなったら東京に戻る……あらかじめラインを設けておこうと思っています。それまでは、こののんびりとした生活を満喫したいですね」