(※写真はイメージです/PIXTA)
「男の隠れ家」への憧れが招いた悲劇
都内の大手メーカーに勤め上げ、60歳で定年退職を迎えた佐藤健二さん(仮名・62歳)。現役時代は技術職として国内外の現場を飛び回り、家庭を顧みる余裕もないほど仕事に打ち込んできました。真面目な性格が功を奏し、退職金は約2,300万円。コツコツと積み上げた預貯金と合わせると、金融資産は5,000万円にも上ります。住宅ローンも完済済みで、老後に一抹の不安もなかったといいます。
「現役時代は本当に忙しかったので、退職したら誰にも邪魔されず、自分の好きなことに没頭したかったんです。妻には苦労をかけましたが、これからはお互い自由にやろうと話していました」
佐藤さんが第2の人生の趣味として選んだのは、郊外にある古民家の再生でした。いわゆる「DIY」と「田舎暮らし」です。 昨今のブームにも後押しされ、佐藤さんは退職から半年後、自宅から車で1時間ほど離れた山間部に、築50年を超える空き家を購入しました。物件価格は150万円とお手頃でしたが、人が住める状態にするためのリフォーム費用や、こだわりの工具、薪ストーブの設置などで、初期費用だけで計800万円近くを投じました。
「妻は『そんな不便な場所、私は行かないわよ』と呆れていましたが、私にとってはそれが好都合でした。週末になると愛車に道具を積み込み、1人で山へ向かう。屋根を修理したり、床を張り替えたりして、夜は静寂の中で酒を飲む――長年思い描いていた夢だったんです」
資産は5,000万円以上残っており、65歳から受け取る予定の年金は夫婦で30万円超。資金繰りに不安はありませんでした。しかし、その生活は突然終わりを告げます。
ある冬の晴れた日、佐藤さんは古民家の裏手にある高い枝を剪定しようと、脚立に登っていました。足場が悪かったせいか、バランスを崩して転落。2メートルほどの高さでしたが、打ち所が悪く、右足の大腿骨骨折と脊椎を損傷する大怪我を負ってしまったのです。
「落ちた瞬間、激痛で声も出ませんでした。携帯電話は家の中で、周りには誰もいない。這って移動しようにも体が動かない。数時間後、たまたま通りかかった地元の人が見つけてくれなかったら、低体温症で死んでいたかもしれません」
緊急搬送された佐藤さんは、即入院・手術となりました。手術は成功しましたが、脊椎の損傷により下半身にわずかながら麻痺が残り、以前のようにスムーズに歩くことはできなくなりました。
そこで問題になったのが、あんなに情熱を注いだ古民家の存在です。
「もう1人では行くことはできませんし、行ったところで、何もできない。売りに出そうとしましたが、そもそも需要がない地域なうえに、私が中途半端に手を入れた状態なので、買い手がまったくつかないんです。固定資産税や維持管理費だけが垂れ流しになってしまいました」
退院後、自宅での生活に戻るためには、バリアフリー化の大規模なリフォームが必要になりました。手すりの設置、段差の解消、トイレや浴室の改修。これに500万円近くかかりました。 さらに、リハビリ費用、介護サービスの自己負担分、そして売れない古民家の維持費。お金は想定以上に消えていきます。
「結局、夢にまでみた田舎暮らしは1年ほどだけだったし……ほんと、踏んだり蹴ったりですよ。最近は通帳を見るのが怖くなりました。あんなに余裕があったのに、まさかこんなことになるなんて……。『自分はまだ若い』という過信が、すべてを狂わせてしまったんです」
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