「年金は繰下げ受給をすれば一生涯、増額された受給額が維持される」――。昨今の物価高や長生きリスクへの危機感から、受給を遅らせる選択をする人が増えています。しかし、そこには制度の「落とし穴」が潜んでいます。ある男性のケースを見ていきましょう。
月30万円のはずが…「年金の繰下げ」を決めた70歳サラリーマン、「振込額が少ないぞ!」と乗り込んだ年金事務所で撃沈。年下妻なら知っておきたい「年金ルール」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「すべてが1.42倍になる」という思い込み

「現役時代、数字には強い自負があったのですが。自分の老後設計がこれほど穴だらけだったとは、情けない限りです」

 

都内の分譲マンションに妻と暮らす佐藤健一さん(72歳・仮名)は、苦い表情で「年金振込通知書」を机に置きました。佐藤さんは大手メーカーに38年勤務し、60歳の定年後も65歳まで再雇用でフルタイム勤務を続けました。

 

現役時代の年収はピーク時で1,000万円ほど。65歳以降も同じ会社で週3日の嘱託職員として働き、月20万円ほどの収入を得ていました。

 

「64歳のとき、一度年金事務所に相談に行ったんです。そのとき担当者から『加給年金が年間約40万円つきますので、合計で年金は年250万円ほどになります』と説明を受けました。これを聞いて、私は勝手に思い込んでしまい……。70歳まで5年繰り下げれば、この250万円がまるごと1.42倍になり、年350万円、月々30万円弱になる。これなら嘱託を辞めた後も安泰だ、と」

 

佐藤さんの妻・美由紀さん(64歳・仮名)は8歳年下。佐藤さんは「自分が先に逝っても、増やした年金で妻の生活を守ることができる」と考えました。そこで嘱託の給与と貯蓄だけで生活を賄い、年金には一切手をつけない「繰下げ待機」を選択したのです。しかし、70歳を迎え、仕事も完全にリタイアしたタイミングで受給を開始した佐藤さんを待っていたのは、想定外の現実でした。

 

「まず、振り込み額が計算より明らかに少ない。慌てて通知書を読み込み、愕然としました。増額の対象は『老齢厚生年金』の本体部分だけで、期待していた『加給年金』には1円も倍率がかかっていなかった。それどころか、受給が始まってからの加給年金すら入っていない。不審に思って窓口へ行くと、担当者は『加給年金は繰下げ待機中には支給されませんし、遡って受け取ることもできません。また、配偶者様が65歳になれば支給終了となります』と、淡々と説明してくれました」

 

佐藤さんは言葉を失いました。

 

「担当者に『つまり、私が働いていた5年間に、もらえるはずだった年額約40万円の加給年金、総額200万円近いお金は、一円も受け取れずに消滅したということですか?』と聞いたんです」

 

職員は「そうです」と回答。制度上、待機期間中の加給年金は「全額停止」となる決まりであることを教えてくれました。帰り道、佐藤さんは自身の慢心を痛感。「すべてが1.42倍になる」という中途半端な知識で有頂天になっていたことを思い知ったといいます。