老後の安心を求めて、戸建てからマンションへの住み替えを検討する人は少なくありません。しかし、安易な「ダウンサイジング」には、大切な老後資金を大きく目減りさせるリスクが潜んでいます。なぜ住み替えが生活を圧迫する結果を招いてしまうのか。ある男性のケースをみていきます。
「家は売るな!」49歳長男の叫び届かず…住み替え失敗で「老後資金2,000万円」が蒸発、「年金月16万円」75歳父の悔恨 (※写真はイメージです/PIXTA)

「広すぎる家」が招いた老後の悲劇

「あの時、父の暴走を力ずくで止めていれば、こんなことにはなりませんでした」

深いため息をつくのは、田中洋一さん(49歳・仮名)。父、健二さん(75歳・仮名)は現在、住み替えの失敗により、老後資金のほとんどを失うという事態に陥っています。

 

事の発端は3年前、洋一さんの母(健二さんの妻)が亡くなったことでした。健二さんは郊外にある築45年の木造一戸建て(4LDK)に1人で暮らすことになったのです。

 

「父は『広すぎて掃除が行き届かない』『庭の草むしりが腰にくる』とこぼすようになりました。そこへ不動産会社のチラシが入ったんです。『駅近マンションで快適な老後を』という謳い文句に、父の心が動いてしまったのでしょう」

 

健二さんは、駅徒歩5分の中古マンションへの住み替えを計画しました。しかし、洋一さんは猛反対しました。実家の建物としての価値はほぼゼロで、土地代にしかならないこと、そして移り住む予定のマンションの管理費や修繕積立金が、年金生活の負担になることが目に見えていたからです。

 

「『家は売るな。そのまま住み続けたほうが金銭的に楽だ』と何度も説得しました。でも父は『俺には2,000万円の貯蓄がある。それに今の家を売ればお釣りがくるはずだ』と聞く耳を持ちませんでした。母を亡くした寂しさもあったのかもしれません。新しい環境に希望を見ていたのでしょう」

 

結局、健二さんは自宅を売却しました。しかし、買い手はなかなかつかず、最終的に足元を見られて1,300万円での売却となりました。想定よりも500万円以上安い金額です。一方で、購入した築浅の中古マンションは2,700万円。さらに、バリアフリー化や水回りのリフォームに300万円以上がかかりました。仲介手数料や引っ越し費用を含めると、出費は総額で3,000万円超に膨れ上がりました。

 

「実家の売却益1,300万円と貯蓄2,000万円。住み替えをして残ったお金は、100万円ちょっとらしいです」

 

現在、健二さんの生活は困窮しています。月16万円の年金から、マンションの管理費・修繕積立金で約3万5,000円が引かれます。光熱費や食費を切り詰め、医療費がかかれば赤字です。固定資産税も考えておかなければなりません。

 

「父は今、『こんなはずじゃなかった』と繰り返すばかりです。便利な駅前暮らしを手に入れたのに生活苦なんて、本末転倒ですよ」