人生の折り返し地点を過ぎ、出世や金銭的な目標を達成した後に訪れる、得体の知れない「虚無感」。仕事への情熱を失い、家庭にも居場所がないと感じたとき、人は刺激を求めて禁断の果実に手を伸ばしてしまいがちです。東京都心に住む会社員の事例をみていきましょう。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
年収3,200万円の52歳エリートサラリーマン、都心タワマン・ポルシェを買って満ち足りた生活のはずが…襲い来る〈猛烈な虚無感〉。「いってきます」と専業主婦妻を欺き、北陸新幹線に飛び乗ったワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

“彼女”への気持ちがエスカレート

次第にFさんの行動は常軌を逸していきます。Kさんを束縛し、毎日何回も電話をかけては居場所を聞き、同僚の男性営業社員と会話していると露骨にふてくされる。そんなFさんに対して気持ちが離れはじめたKさん、Fさんと距離を置こうとしますが、さらにFさんの執着は強くなっていきます。

 

メッセージアプリでの連絡を無視していると、今度は自宅マンションに押しかけるように。LINEの大量のメッセージ、数百回におよぶ着信履歴など、Kさんは会社に行くのも怖くなってきて欠勤することが増えました。

 

「俺があれだけ成績を作ってやったのに、裏切るのか」 立場を利用した圧力、大量のメッセージ、数百回におよぶ着信履歴。それはもはや恋愛ではなく、パワーハラスメントであり、ストーカー行為でした。

 

そして、ついにKさんは精神的に追い詰められ、会社の本部にある「コンプライアンス・ホットライン(内部通報窓口)」に通報したのです。提出された証拠は、Fさんからのハラスメント的なメッセージの数々と、不適切な顧客割り当ての記録でした。

 

事態を重くみた本社は、Fさんに対して厳正な処分を下しました。社内秩序を乱し、公私混同で部下にハラスメントを行った事実は重く、「支社長解任」および「ヒラの営業社員への降格」を言い渡しました。解雇ではなく降格だったのは、Fさんが築いた巨額の法人契約を、会社が維持したかったからでしょう。もしFさんを解雇すれば、Fさんはその顧客を連れて他社へ移ってしまうかもしれません。会社は、Fさんを売るための駒として残す道を選んだようです。

 

Fさん自身、営業マンとして優秀であった自負があり、いまでも顧客を抱えているため、おそらく金銭的に困窮することはないだろうと考えています。むしろ営業成績によっては、支社長時代の年収よりも高くなる可能性もあります。

 

営業所長たちからは軽蔑のまなざしを向けられるのが辛いときもありますが、一部の営業社員たちからは「Fさんもヤンチャしすぎましたね。まあ、俺らは気にしませんよ」とからかわれつつ、受け入れてもらったことが不幸中の幸いでした。ただしFさんの仕事への情熱は冷めたままなので、これから本当に再起できるのかはわかりません。

 

この騒動は、当然ながら妻Mさんの知るところとなりました。話し合いを持つこともなく、静かな離婚。一言だけいわれたのは、「思考も行動もまともじゃないので、病院で診察したほうがいいよ。性依存と呼ぶの、あなたの行動は」でした。

 

幸い自宅マンションは購入時より値上がり、価格で売却ができ、アンダーローンに。生命保険をすべて解約し、預貯金と合わせて財産分与としました。中学卒業と同時に没交渉となった娘にはもう会える機会はなさそうです。都内の安い賃貸マンションを借りて引っ越しました。

 

定年退職まであと10年ほど。「会社員としての余生」を、保険営業をしてほどほどに頑張れたらいいなと考えていますが、実のところ仕事などどうでもよく、新しい恋愛関係を探したいとまた思っています。

 

身体と心が弱ってしまった中年男性が、自信を取り戻したいがあまりに一度暴走すると、もう元には戻れないのかもしれません。Fさんは心身の不調を治療するつもりはなく、もっと強い刺激があれば自分はまた元気になるはずだと考えています。

 

 

長岡理知

長岡FP事務所

代表