人生の折り返し地点を過ぎ、出世や金銭的な目標を達成した後に訪れる、得体の知れない「虚無感」。仕事への情熱を失い、家庭にも居場所がないと感じたとき、人は刺激を求めて禁断の果実に手を伸ばしてしまいがちです。東京都心に住む会社員の事例をみていきましょう。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
年収3,200万円の52歳エリートサラリーマン、都心タワマン・ポルシェを買って満ち足りた生活のはずが…襲い来る〈猛烈な虚無感〉。「いってきます」と専業主婦妻を欺き、北陸新幹線に飛び乗ったワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

妻との関係が冷えた原因

Fさんと妻のMさんとの夫婦関係は冷え切ったものになっていました。原因のひとつは、一人娘の不登校。

 

中学2年生から不登校となったのは、父親であるFさんによる教育虐待が大きく影響しています。中学に入学したころから勉強が苦手で、成績は学年でほぼ最下位の娘に対し、努力が足りない、怠け者だ、行ける高校がないなどと毎晩のように叱責したのです。不登校のまま中学を卒業しましたが、高校に行かず自宅にこもる娘に対し、Fさんは「高卒認定試験を受けて大学に入学するという選択もある」などと追い打ちをかけるようなことを言い続けました。

 

ある日、妻Mさんから、娘は茨城県にある妻の実家で当面暮らすことになったと聞かされます。そして父Fさんとは二度と会いたくないといっているということも。Fさんは慌てて娘の携帯に電話をしましたが、LINEも含めすべてブロックされているのがわかりました。

 

それから妻Mさんと二人暮らしです。Fさんが娘と過ごせたのは15歳のときまで。運動会や卒業式といった学校行事には一切顔を出さず、仕事を優先してきました。娘と向き合うのは、成績をなじり、叱責するときだけ。「父親らしいことはなにもしていない」と、そのことを妻に責められ続けました。

 

さらにもうひとつ、妻Mさんとの関係を悪化させた原因があります。妻Mさんの4歳年上の兄が48歳で脳卒中を発症したときのこと。発症直後は言葉を発することもできず、左半身が完全に麻痺していました。急性期病院での2ヵ月の入院と回復期病院での4ヵ月の入院を経ても、回復はほんのわずかでした。

 

兄は独身であったため実家で介護をしながら、デイケアに通いリハビリに取り組むことに。妻Mさんと両親、妻の妹がヘルパーの助けも借りながら交代でベッドからの移乗や排せつの世話を行い、デイケアに送り出すという日々となりました。都心から茨城県南まで頻繁に通う日々があまりにもハードに思えたFさんは、ついこんなことをいってしまいます。

 

「生命保険から高度障害保険金が7,000万円おりたじゃないか。施設に預けてもいいと思うよ」

 

その生命保険は、かつてFさんが義兄に売ったものでした。療養のために使えるお金があるのだから有効に使おうよという意味で発言したのですが、妻Mさんは激怒しました。

 

「よくそんな無神経なことがいえるよね? なぜ兄を自宅で介護しているか気持ちわかる? 兄の後遺症は重症だけれど、毎日のように会って手足をマッサージしてあげていると、変化がわかるの。少しだけど、腕が動くようになった。丸まっていた手が少し開くようにもなった。歩けるようになるにはまだ数年先かもしれないけど、まだ40代だし、家族みんな希望を持っているの」

 

夫Fさんは、しまったと思いました。Fさんにとって介護も脳出血も身近な人で経験したことがないのです。生命保険の勧誘トークのなかにしかその単語はなく、いつも机上の知識だけで語っていました。

 

「施設に預ければ楽になる? あなた妻の私に関心を持ったことある? 人の気持ちって理解できませんか? あなたが兄と同じ状態になったら、保険金で施設に預けて私は離婚しますから。財産分与はきっちりもらいます。そういうことでしょう」

 

それから深夜まで、妻Mさんからは他人に対する無関心さと無神経さについて、かなり口汚く罵られてしまいました。

 

「保険を売って成功者気取りだけど、定年したらタダのおっさんでしょ? なにを勘違いしているの? 学生時代も受験の点数ばかり追いかけて人の気持なんかわからない子供だったんでしょ? だから自分の娘の心も壊すんだよ。自覚ある?」

 

娘を壊したというのはあまりにきつい言い方でした。その娘も介護を手伝っているとのこと。Fさんは娘のそんな姿を想像すらしたことがありませんでした。気にしていたのは、娘が父親の自分を無視しているということばかり。確かに身勝手な人間だという自覚はあります。妻がまだFさんと同居しているのは、娘の経済的な基盤を守るためかもしれません。

 

妻との関係は悪化の一途を辿り、職場と正反対に家庭では尊敬されることなど一切ありません。