(※写真はイメージです/PIXTA)
「定年後はゆっくり」のはずが…60代夫婦を襲った「役割逆転」の現実
都内マンションに暮らす佐藤隆史さん(60歳・仮名)。現役時代は中堅メーカーの部長として全国を飛び回っていましたが、60歳の定年退職を機に生活は一変しました。定年後は嘱託として再雇用の打診もありましたが、「40年間働いたんだ、少し休みたい」と完全リタイアを選択しました。
このとき手にしたのは2,300万円の退職金。これだけでは、65歳から受給される年金までの「つなぎ」期間と、その先の老後は不安だと多くの人は考え、再雇用の道を選択するでしょう。しかし、夫婦共働きを続けてきた佐藤家には、老後を見据えての資産形成は完璧だという自負がありました。このことも、定年を機に完全リタイアを決断する材料になりました。
「ようやくゆっくりと過ごせる」
それまで朝6時前には起床し、7時前の電車に乗り込んで会社へ。帰りが深夜になることも珍しくありませんでした。朝、ようやく寝坊できる……そう考えていました。ところが、3歳下の妻・由美子さんから冷ややかなひと言が放たれます。
「家にダラダラいるなら家事は全部やって。私は働いているんだから」
これまで共働きとはいえ、家事全般は由美子さんの役割でした。「炊事に洗濯、掃除……家事はどうしても苦手で」と隆史さん。これまでしてきた家事といえば、ゴミ出しくらいだったといいます。しかし現在の隆史さんは月収ゼロ円。それに対して、由美子さんは月収40万円ほどです。このような状態で「家事はこれまで通り」とはいきません。
由美子さんのひと言で、隆史さんの「専業主夫」生活が始まりました。とはいえ、これまで包丁など握ったこともないのに、料理のほか掃除や洗濯もすべてこなすのは苦行でしかありません。見よう見まねで料理をつくっても、とても食べられる代物ではなく、洗濯をしても干し方が悪いとやり直しをさせられたり……。これまでビジネスの最前線で戦ってきた隆史さんのプライドはズタズタになりました。
そんな隆史さんのフラストレーションが、ある日、爆発します。その日、夕食の準備が間に合わず、スーパーの惣菜コーナーで値引きされたコロッケとポテトサラダを購入。皿に移し替え、食卓に並べたとき、仕事から帰宅した由美子さんが「ポテトサラダにコロッケって。どちらもジャガイモ。出来合いで間に合わせるにしても、組み合わせくらい考えてよ」とひと言。その瞬間、あまりの悔しさから「俺は家政婦じゃない……」と隆史さんの口からこぼれました。しかし、由美子さんからは「働いていたとき、同じようなことを言われたわ」とさらなるひと言。
「まるで因果応報ですね。その日は、皿洗いをしながら、思わず涙がこぼれました」