「早く働いて家計を助けたい」そんな責任感から大学進学を諦め、奨学金で専門学校へ進む若者たちがいる。しかし、その堅実な選択が、将来にわたる賃金格差と返済の重圧という“足枷”になることも少なくない。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が、Aさんの事例とともに、教育費負担と学歴社会の歪な構造を紐解いていく。
月収25万円・営業事務の29歳男性…「奨学金280万円」を背負ってまで「専門学校」に行ったワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

29歳になっても続く返済…「これでよかったのか」と迷う日々

Aさんは地元の建設会社の営業事務として採用された。初任給は22万円と、当時の求人のなかでは比較的高水準で月1万8,000円の返済も「生活費を抑えればなんとかなる」と考えていた。

 

しかし、配属先が実家から遠く、やむなく一人暮らしを始めることになったのが誤算だった。家賃や光熱費、生活必需品の支出が重なり、当初の見通しは一気に崩れ去る。初任給22万円のなかから奨学金返済を続けつつ、生活を成り立たせることは想像以上に厳しかったという。

 

21歳で社会に出たAさんは、29歳になったいまも返済を続けている。「入社して8年になりますが、基本給は3万円ほどしか上がっていません。物価も社会保険料も上がるなかで、手取りはほとんど増えていない。将来が不安で転職活動を始めました」と語る。早く働きはじめたことで親を支えることはできた。だが、30代を目前にして「この選択で本当によかったのか」という悩みは深まっている。

 

ただ、Aさんには専門学校時代に学んだ知識や資格、8年間の実務経験がある。「これまでの経験とスキルを生かして、よりよい環境を目指したい」と話す。

奨学金返済が「当たり前」の社会

現在、大学生の約3人に1人が奨学金を利用している。進学のための一般的な選択肢として定着しており、平均貸与総額は約330万円に上る。就職後は比較的給与水準の低い1年目から毎月約2万2,000円を支払い、平均15年かけて返済していく。Aさんのように20~30代という若く貴重な時期をほぼ返済とともに過ごす若者は多い。

 

問題は返済額そのものだけではない。日本ではこの30年間、賃金がほぼ横ばいで推移している。そこに物価高と社会保険料負担増が重なり、若い世代の可処分所得は減少の一途を辿っている。奨学金を利用することが当たり前であるならば、返済をしても自己投資や資産形成、結婚などの選択肢が狭まらない社会であるべきではないだろうか。

 

もちろん、企業側も簡単に賃上げできるわけではない。特に中小企業にとって持続的な賃上げは大きな負担となる。その一方で、人材確保に悩む企業は多い。そこで一つの解決策となり得るのが、企業による「奨学金返還の肩代わり」という動きである。

 

現在、企業が従業員の代わりに奨学金を返済する「代理返還」の仕組みが整備されつつある。若手にとっては実質的な手取り増となり、企業にとっては採用力や定着率の向上が期待できる。導入企業は2025年時点で4,000社を超えたが、全国の企業数からすれば、まだ「一部の先進的な企業の取り組み」の域を出ていないのが実情だ。

 

奨学金は教育機会を広げるための重要な社会的インフラである。しかし、その返済が若者の人生設計を圧迫し、消費や挑戦の意欲を削ぐ状況が「当たり前」であってはならない。「学び」の対価が「重荷」となり続ける現状を変えるには、個人の自助努力だけでは限界がある。企業が返還支援を「コスト」ではなく「未来への投資」と捉え、社会全体で若者を支える構造へと転換していくこと。それこそが、停滞する日本の活路を開く鍵となるのではないだろうか。

 

 

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者