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生活力のない84歳父。子との同居は断固拒否するも…
都内で夫と2人暮らしの田村悦子さん(58歳・仮名)。 3人の子どもたちはすでに独立し、夫婦水入らずの生活を送っていましたが、3ヵ月前に秋田県の実家から84歳になる父・健造さん(仮名)を呼び寄せました。
「父は『昭和の男』を地でいくような人で、家事はすべて母に任せっきり。何も言わなくても腕を組んで待っていれば、温かいお茶が出てくる――そんな家でした」
事態が急変したのは半年前。健造さんの身の回りの世話を一身に担っていた母親が、心不全で急逝したことでした。 子どもたちは「父がひとりで暮らせるわけがない」と考え、実家を売却し、子どもたちが住んでいる関東に引っ越してくるよう説得をしたといいます。
「年金を月18万円ほど受け取っていましたし、貯金もそれなりにあったので、経済的な心配はありませんでした。 しかし父は電子レンジの使い方もわからないし、炊飯器のスイッチの入れ方さえわからない。 掃除や洗濯はもちろん、ゴミの分別さえままならない。1人で生活できるわけがないんです」
しかし「たとえば、長女である悦子さんとの同居を――」と提案したところ、健造さんは「バカにするな! 1人で生きていける」と、住み替えを断固拒否。 子どもたちの予想通りの展開になりました。
「母の葬式以来、3ヵ月ぶりに実家に行ったら、ゴミ袋がいくつもあって。いまだにいつ、ゴミを出したらいいのかわからないみたいで。 しかもゴミ袋のなかには、スーパーで買ったお弁当やお総菜の空容器ばかり。とても自活できているとは言い難い雰囲気でした」
健造さんもそのことを自覚しているらしく、改めて悦子さんが「東京のうちにこない? 部屋も余っているし、みんなとすぐに会える距離のほうが安心」と説得すると、二つ返事で了承したのです。
しかし東京での生活が順調だったのは、最初の数週間だけでした。 「東京でも知り合いがいたほうがいいよ」と、悦子さんは地域の高齢者が集まるコミュニティセンターへの参加を勧めました。 将棋や囲碁のサークルなら、父も楽しめるはずだと思ったからです。 しかし、健造さんは何度か行ったあと、二度と行こうとしませんでした。そればかりか、ぼんやりと空をみることが多くなったといいます。
「理由を聞いても首を横に振るだけ。でもある夜、夕食の後に父が突然、私の手を強く握ってきたんです。驚いて顔を見ると、ボロボロと涙を流していました」
健造さんは、絞り出すような声で訴えました。 「秋田に帰りたい。方言が通じない。バカにされている気がする。ここは自分のいる場所じゃない」。 確かに健造さんの方言はきつく、何を言っているのか1回では聞き取れないことも。 気後れして段々と言葉を発せなくなってしまったというのです。
「良かれと思って東京に呼んだのに……父を追い詰めることになってしまいました」