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「見込み違い」を防ぐために知っておくべき統計とルール
山本さんの誤算は、年金制度の複雑なルールのひとつ、「他の公的年金の受給権が発生すると、繰下げ増額はその時点で終了する」という点を知らなかったことにあります。
年金制度では、原則として「一人一年金」が基本です。65歳以降に老齢年金の繰下げ待機をしている最中に、配偶者が亡くなり「遺族年金」を受け取る権利が発生した場合、あるいは自身が障害状態になり「障害年金」の受給権が発生した場合などは、その権利が発生した時点で増額率のカウントがストップしてしまいます。
山本さんの場合、奥様が亡くなった時点で「遺族年金」の受給権が発生しました。実際には遺族年金の手続きをしていなくても、「権利が発生した」という事実をもって、老齢年金の増額計算はそこで打ち切られます。その後70歳まで受給を我慢していても、増額率は1%も増えていなかったのです。
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、遺族厚生年金の受給権者は約617万人。高齢期において、配偶者との死別や自身の病気といったライフイベントは、決して珍しいことではありません。
繰下げ受給は「長生きすればするほどお得」というメリットが強調されがちですが、そこには「健康で、かつ家族構成に変化がないこと」という前提条件が隠れています。
日本の年金制度は「申請主義」であり、個人の生活の変化に合わせて自動的に最適な受給方法を教えてくれるわけではありません。老後の生活設計の際には年金事務所へ相談に行くこと。それが、山本さんのような「取り返しのつかない事実」に直面することを防ぐ自衛策となります。
[参考資料]
日本年金機構『年金の繰下げ受給』
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』