「家族のためだ」と信じ、仕事に人生を捧げてきた。残業や休日出勤も厭(いと)わず、その結果、高い地位と十分な老後資金を手に入れた。 しかし、65歳で定年を迎え、ふと家庭を顧みた時、そこに待っていたのは、妻や子との“心の距離”と、埋めがたい“孤独”だったとしたら──。本記事では、FP事務所MoneySmith代表の吉野裕一氏が、樋口さん(仮名)の事例とともに「お金」と「家族との絆」という、人生の2つの重要な側面について問い直します。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。
年金32万円・退職金4,000万円、YouTubeとカップ麺に飽きた老後…妻と子に邪険にされる「67歳元大企業部長」が田舎で再会、それなりのサラリーマンだった同級生に感じた「屈辱」【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

田舎で再会した同級生。その姿に感じた“屈辱”

YouTubeにも飽きてきたころ、浩二さんは高齢の親のことも気になり、田舎に帰省することにしました。

 

実家近所の食堂に入ってご飯を食べていると、「樋口か?」と突然声をかけられました。振り返ると、高校時代の同級生の姿が。その夜に、居酒屋で昔話に花を咲かせることになったのです。

 

結局昔話もそこそこに、浩二さんは、妻に相手にされず、たまに帰ってくる子どもたちからも邪険にされている、といった現状の愚痴をこぼすばかり。 対照的に、中小企業を同じく65歳で定年退職したという同級生は、妻と旅行や共通の趣味を楽しんでいると、生き生きと語ります。大型連休には子どもたちが孫を連れて帰省し、みんなでバーベキューをするのが楽しみだ、と。

 

浩二さんは居酒屋から帰宅したあとも、同級生の生き生きとした姿が頭から離れませんでした。

 

「なぜ、自分より収入が低かったはずの彼が、あんなに満たされているんだ」

 

ネットで同級生が勤めていたという中小企業の名前を検索し、おおよその平均年収を調べ上げました。さらに、「妻が扶養の範囲でパートに出ていた」という言葉から世帯収入を想定。年金シミュレーションサイトに、それらの数字を打ち込んでいくと、画面にはじき出された数字が、浩二さんをさらに打ちのめしました。

 

同級生夫婦の年金は、合わせて月20万円ほど。決してゆとりある生活とはいえないまでも、老後資金も資産運用で築いた資産がある程度あるため、旅行や趣味を十分に楽しめているようでした。現役時代にも、休日はしっかりと休んで、家族サービスをすることが多かったようです。

 

浩二さんは、大手企業に勤め、再会した同級生をはじめ、地元のほかの誰より遥かに豊かになるよう頑張ってきたと自負していました。しかし、家族との温かい関係を築いている同級生の姿が、いまの自分の情けなさを痛感し、羨ましいというよりも、むしろ“屈辱”に感じたといいます。

お金だけではない。ライフプランに不可欠な「心の健全性」

ファイナンシャル・プランナーは、資金計画(キャッシュフロー)を立てる際、まず将来の夢や希望を聞き、ライフプランを作成します。そこで大切なのは、お金のゆとりだけではないということ。きっかけはライフプランニングだけに限らないとも思いますが、もし樋口さんが若いころに、将来の家族との姿を想像しながらライフプランを作成していれば、もう少し家族と過ごす時間を大切にできたかもしれません。

 

樋口さんは、同級生との再会を機に、お金より大切な家族との信頼関係を失ってしまった人生を深く後悔しました。今後は、まず家事を手伝うことから始め、裕子さんとの関係を修復しながら、旅行や趣味を一緒に楽しめるようになりたいと、考えを改めることができたようです。

 

 

吉野 裕一

FP事務所MoneySmith

代表