少しずつではありますが、「年金の繰り下げ受給」を選ぶ人が増えています。受給額を増やせる魅力的な制度ですが、その仕組みは複雑です。メリットばかりに目を向けていると、「こんなはずではなかった」という事態に陥りかねません。ある男性のケースをみていきましょう。
やった!70歳まで働いた甲斐があった!「年金の繰り下げ受給額」に歓喜した男性…年金事務所で発覚した「致命的な勘違い」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「待つだけ」ではない繰下げ受給のルール

老齢年金の「繰下げ受給」は、受給開始を66歳以降(最大75歳)に遅らせることで、1カ月あたり0.7%ずつ年金額を増額できる(70歳まで繰り下げると42%増、75歳までなら84%増)という、メリットの大きい制度です。

 

厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によれば、繰下げ受給を選択する人は年々増加傾向にあります。一方、総務省統計局『労働力調査(2023年平均)』では、65~69歳の就業率は52.0%と、高齢者の就労意欲も依然として高い水準にあります。

 

「働けるうちは働いて、年金を増やす」という考え方は合理的だといえるでしょう。しかし、健一さんの事例が示すように、繰下げ受給には「単に待てば増える」だけではない、複雑なルールが存在します。

 

そのひとつが「繰下げ待機中に、他の公的年金(遺族年金や障害年金)の受給権が発生すると、その時点で繰下げ待機は終了(停止)する」というルール。本人が70歳まで繰り下げる意思を持っていたとしても、配偶者の死亡(または自身の障害認定)という事態が発生すれば、その時点で増額率が固定されてしまうのです。

 

さらに、「65歳以降の遺族厚生年金と老齢厚生年金」の関係も複雑です。健一さんのように、自身の老齢厚生年金が遺族厚生年金を上回る場合、自身の老齢厚生年金が全額支給され、遺族厚生年金は全額支給停止となります。結果として、「遺族年金はもらえない」状態になるのです。

 

もし健一さんが67歳時点で妻を亡くした際、「繰下げが停止する」というルールを知っていれば、その後の働き方や資金計画も変わっていたかもしれません。

 

年金の繰下げ受給を検討する際は、そのメリットだけでなく、「もしも」の場合のルール、特に配偶者がいる場合は遺族年金との関係性について、事前に年金事務所などで確認しておくことが重要です。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』

総務省統計局『労働力調査(2023年平均)』