(※写真はイメージです/PIXTA)
70歳、年金事務所の窓口で「え?」と固まったワケ
「これで、ようやく肩の荷が下りますよ」
65歳で定年を迎えたあとも、清掃の仕事を続けてきた田中健一さん(70歳・仮名)。週5日、朝5時から6時間ほどの勤務で、月収20万円ほど。3年前に妻を亡くし、1人暮らしの健一さんにとって、十分すぎる収入だったといいます。
「年金を65歳で受け取っていたら月15万円ほどだった。70歳まで繰り下げれば、年金は20万円を超える。そうなれば年金だけで十分生活できて安定します。そう妻と決めたんです」
亡き妻と決めたことだと、ただそれだけを思って70歳まで働きました。年金は20万円を超えているはず。本当に、70歳まで働いた甲斐があった……やった! 思わず、心の中で叫んだといいます。
そして、年金の手続きをしにやってきた年金事務所。手続きの書類を提出し、職員がシステムを操作するのを待つ間、健一さんは増額された年金で何をしようか、と思いを巡らせていました。しかし、職員から返ってきたのは、予想外の言葉でした。
「田中さん、奥様がお亡くなりになったのは、3年前の67歳の時ですね」
3年前に妻・咲子さん(享年68歳・仮名)に先立たれたことは、健一さんにとって思い出すたび悲しくなる出来事でした。心臓発作。ある朝、いつまでも起きてこない咲子さん。起こしに行ったら、布団の中で冷たくなっていたといいます。
しかし、咲子さんが亡くなったことが年金の手続きと何の関係があるのか、すぐには理解できませんでした。
「奥様が亡くなられた時点で、健一さんには奥様の『遺族厚生年金』を受け取る権利が発生しています。老齢年金を繰り下げている最中、遺族年金や障害年金を受け取る権利が発生した場合、その時点で繰下げ待機は『停止』となるルールなんです」
(停止? 意味がわからない。自分は70歳まで繰り下げたのだが……)
意味を理解できず呆然としている健一さんに対し、職員は申し訳なさそうに説明を続けます。
「制度上、田中さんは奥様が亡くなられた67歳の時点で、繰下げ受給の申し出があったものとみなされます。ですから、増額率は70歳までの5年間(42%)ではなく、67歳までの2年間となります」
期待していた42%増ではない。年金受給額は17万5,000円ほどにしかならない。目の前が真っ暗になるのを感じたと健一さん。「では、その遺族年金は――」と言いかけると、「それにつきましても、田中さん自身の老齢厚生年金が、奥様の遺族厚生年金の額を上回っています。この場合、自身の老齢厚生年金が優先され、遺族厚生年金は全額が支給停止となります」と職員が説明します。
70歳まで働いた。それなのに、期待していた年金の増額率は16.8%にとどまり、さらに妻の遺族厚生年金も1円も受け取れない――。
「なんていうことだ……」
自身の勘違いに、ただうなだれるしかありませんでした。