親からの援助で住宅ローン負担が軽かったり、孫の教育費を支援してもらえたり。恵まれた環境にいると、つい将来への備えを楽観視してしまいがちです。しかし、その甘えが許されるのは、親が元気なあいだだけかもしれません。本記事では社会保険労務士法人エニシアFP共同代表の三藤桂子氏が、Aさんの事例とともに、「恵まれた相続」に潜む落とし穴について解説します。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。
実家が太いせいで…年収450万円・59歳サラリーマンが直面した〈ボーナスは固定資産税に〉〈退職金は相続税に〉消えるという現実【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

順風満帆にみえた生活だったが…

ところが、父が心不全により突然他界したことで、状況は一変します。相続が発生したのです。

 

これまでAさん一家が住んでいた自宅は、父名義の土地を無償で借りる「使用貸借」という形でした。しかし、Aさんがこの土地を相続することになり、今後は固定資産税をAさん自身が支払う必要が生じます。

 

月々の給与は生活費で手いっぱいのため、固定資産税はボーナスで賄うことになりそうです。しかし、現在59歳のAさんは来年定年を迎え、その後は60歳から65歳まで再雇用契約となり、賃金が下がることが決まっています。賞与も減額されるため、ボーナスが固定資産税ですべて消えてしまうかもしれません。将来的に子どもが独立するまでは生活がかなり厳しくなることが予想されます。

 

さらに大きな問題が「相続税」です。父の遺産を相続するのは、母、Aさん、弟さんの3人。母には「配偶者の税額の軽減」という制度が適用されます。

 

(1) 1億6,000万円

(2) 配偶者の法定相続分相当額

 

これは、被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈により実際に取得した正味の遺産額が、上記の金額のどちらか多い金額までは配偶者に相続税はかからないという制度です。最低でも1億6,000万円までは相続税がかからないため、母はあまり心配していない様子。

 

しかし、Aさん自身には、その軽減措置はありません。父の遺産が現金よりも不動産の割合が多い場合、相続税を支払うために、Aさんの決して多くはない退職金がそっくり消えてしまう可能性が出てきたのです。

 

では、父親はなぜ相続対策をしておいてくれなかったのでしょうか。

 

父親にとって、人生終盤の最大の仕事は一代で築き上げた会社を、従業員に託す『事業承継』でした。それに全精力を注ぎ込み、無事に終えたことで、燃え尽きてしまったのかもしれません。顧問税理士とも主に事業承継の話ばかりで、その後の個人の相続については、『まあ、法律どおりで……』と、深く考える気力が残っていなかった――。父の人生を考えれば、それも無理はなかったのかもしれません。