贅沢を望まず「普通の暮らし」を願っていた夫婦。十分な退職金と年金がありながら、なぜ1,000万円もの損失が生まれたのでしょうか。老後資金の運用で陥りがちな、「ある取引」の仕組みと、見落としやすいリスクについて詳しく解説します。
贅沢なんてしてない…〈退職金1,800万円〉〈年金月25万円〉の65歳夫婦。「普通の暮らし」を心がけたが、気づけば損失「10,000,000円」のワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

貸すだけなのに? 「株券賃借取引」の注意点

健一さんが利用した「株券賃借取引(貸株サービス)」は、保有株を証券会社に貸し出すことで貸借料(金利)を得られる仕組みです。銘柄によっては高い利回りが設定されることもあり、資産を有効活用したいと考える投資家にとって魅力的なサービスです。

 

しかし、この「貸す」という行為には、見落としがちな制約やリスクが存在します。健一さんが直面したのは、「即時売却できないリスク」です。株を貸し出している間、その株の管理は証券会社に移っています。そのため、株価が上昇して「今売りたい」と思っても、すぐに売却することはできません。健一さんのような巨額の「機会損失」に直結する可能性があるのです。

 

また貸株中は株主名簿上の所有者ではなくなるため、本来の「配当金」や「株主優待」を受け取る権利を失います。多くの証券会社では、配当金の代わりに「配当金相当額」が支払われますが、これは税務上「雑所得(または事業所得)」扱いとなり、配当控除が使えないというデメリットが生じます。株主優待についても、権利確定日に自動で株を返却する設定を忘れていると、優待を受け取れなくなってしまいます。複雑な仕組みの「株券賃借取引(貸株サービス)」。佐藤さんのように多額の損失を被るトラブルは後を絶ちません。

 

〈申立人の主張〉

被申立人担当者から、保有株式を被申立人に貸し出せばレンタル料がもらえ、配当金も受け取ることができると言われて株券貸借取引を行い、多大な損害を被った。申立人は同担当者から複雑な仕組みの取引であることを十分説明されることなく、言われるままに取引を行った。株価上昇後、被申立人が権利行使して当該株式を売却したため、配当金を受け取ることもできなかった。被申立人の説明義務違反等を起因として、被った損害約1億1,000万円の賠償を求める。

出所:特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター

 

「持っているだけより得」というメリットの裏には、必ず制約やリスクが存在します。特に老後資金という大切な資産を運用する際は、その仕組みと、「いざという時(売りたい時など)にどうなるか」を契約前に徹底して確認することが不可欠です。

 

「持っているだけより得」というメリットの裏には、必ず制約やリスクが存在します。「株券賃借取引」に関わらず、たとえプロが勧めてくるものであっても、投資は自己責任。仕組みをしっかりと理解し、許容できるリスクかどうかを判断することが重要です。

 

[参考資料]

総務省統計局『家計調査 家計収支編2024年平均』

特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター『紛争解決手続事例(四半期)2025年1月~3月:2025年6月9日発表分』より