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娘を安心させるための建前の「ありがとう」
都内在住の会社員、内藤佳代子さん(58歳・仮名)。3年前に84歳で母親の和子さん(仮名)を亡くしました。さらに遡ること3年前、和子さんは要介護となり、一人暮らしの継続が難しくなりました。
「母は自分から施設に入ると言いました。家族に迷惑をかけたくない、という思いが強かったんだと思います。兄は遠方に住んでいますし、私も仕事があるので、介護にも限界があります。施設に入居するのは最善の選択だと思いました」
和子さんの年金は月14万円。貯蓄額を考慮すれば、一般的な介護付き有料老人ホームに入居できる状況でしたが、兄と佳代子さんが金銭的な支援をして、“高級”とされる老人ホームへの入居を決めました。
「価格の高い施設のほうが、良い介護を受け、快適な生活を送れると思いました。大切な母ですから」
入居後、和子さんは佳代子さんに対し、いつも「ありがとう」「本当に感謝しているよ」と口にしていたそうです。
「施設の生活は快適だったようで、面会に行くたびに母は満面の笑みで感謝を伝えてくれました。それに対して私は『当然でしょ』と答えるのが、お決まりのやりとりでした。金銭的には大変でしたが、親孝行の義務を果たしているという満足感に浸っていたのかもしれません」
しかし、和子さんの死後、佳代子さんは施設のスタッフからこう告げられます。
「できることなら、一度くらい自宅に帰らせてあげたかったですね。和子さん、ずっと『家に帰りたい』と言っていたから。ご主人と暮らした家が恋しかったみたいですよ」
和子さんの『ありがとう』は、私に心配をかけまいとする建前だった? 高額な費用を負担させているという負い目からくる、精一杯の遠慮だったのかもしれません。そして佳代子さんは、大きな後悔を覚えるようになったといいます。
「身を削って親孝行をしている自分に、酔っていたんです。母は何度も『ありがとう』と言ってくれたのに、私自身は母に感謝を伝えていただろうか……と」
高級老人ホームでの暮らしに感謝を伝え続けた和子さん。しかし本当の願いは「一度でもいいから自宅に帰りたい」というものでした。そんな本音に気づかず、感謝を伝えることもできなかった……佳代子さんは大きな後悔を抱き続けています。