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「俺が稼いだ金だ」夫のプライドが招いた老後の亀裂
長年勤め上げた会社を、この春定年退職した佐々木明彦さん(65歳・仮名)。退職金として振り込まれた額は、2,000万円。通帳に並んだゼロの数を眺めながら深い感慨に浸ったといいます。一方、妻の静子さん(63歳・仮名)からは「これからのお金のこと、一度ゆっくり話しませんか」と提案が。しかし明彦さんは「大丈夫だ、俺に考えがある」と取り合いません。自分のなかで「退職金=40年近く働いてきたご褒美」という強い思いがありました。
「仕事なんて、楽しいことよりもツラいこと、大変なことばかりじゃないですか。その頑張りに対しての退職金。他人にとやかく言われたくなかった、というのが正直な気持ちです」
ある日、明彦さんは資産運用の相談に行きます。「この2,000万円を、効率よく増やしたい」という明彦さんの相談に、担当者はまずリスクの比較的低い投資信託をいくつか提案しました。言われるがままに、まずは500万円分を購入。しかし、担当者の話はそこで終わりませんでした。
勧めてきたのは「FX(外国為替証拠金取引)」。少ない元手で大きな利益が狙えるという話ではあったものの、良くない噂も聞きます。しかし、あまりの熱量で話す担当者に、次第に気持ちが高揚していきます。
「退職金を元手に、一攫千金も夢じゃないかもしれない」
そんな考えが頭をよぎりました。それでも「なんだか難しそうだし、危ないんじゃないか?」と、一抹の不安を口にする明彦さんに、担当者は笑顔でこう答えます。「ご安心ください。私がついていますから大丈夫です。こまめに連絡を取り合って、サポートさせていただきます」と。このひと言が、明彦さんの背中を押しました。リスクに関する細かい説明は、ほとんど頭に入っていませんでした。ただ、「この担当者が言うなら大丈夫だろう」と、安易に信じ込んでしまったのです。
取引を始めると、最初は数万円の利益が出て、明彦さんはすっかり気を良くしました。しかし、相場が大きく変動すると、事態は一変します。あっという間に含み損が膨らみました。「取り返さなければ」。その一心で、次々と資金を投入。担当者からの電話も、次第に「追加の証拠金が必要です」という厳しい内容に変わっていきました。
そして半年後。食卓に置かれた一枚の取引明細を前に、明彦さんは言葉を失いました。あれほどあった2,000万円の資産は、わずか「8万円」にまで減少していたのです。
血の気の引いた顔で呆然とする夫を、静子さんは静かに見つめていました。そして、ゆっくりと口を開きます。
「もう、あなたとの未来は見えません」
「退職金も、あなたの人生も、あなたのものですから別に構いません」
「どうぞ、これからは何でもお1人でなさってください」
その日を境に、二人の間に会話はなくなりました。静子さんは、明彦さんの分の食事を作ることも、洗濯をすることもやめました。家庭内別居の始まりです。自分のことはすべて自分でするように――。あまりにも厳しい妻の宣告だったのです。