(※写真はイメージです/PIXTA)
もしかして、あの部長が…玄関先での予期せぬ再会
都内で1人暮らしをしている山田翔太さん(28歳・仮名)。夜7時ごろに会社を出て、最寄り駅で食事を済ませ、夜9時ごろに帰宅するのが、彼のよくある日常パターンです。この日は、夜8時までに帰宅できるよう、急いで帰宅したそうです。
「ふるさと納税のお肉が届く日だったので。絶対に夜8時前に帰宅できるよう急ぎました」
無事、夜7時半過ぎには帰宅。そして、夜8時を回ったころにチャイムが鳴ります。「来た来た」と思って玄関ドアを開けると、山田さんは息をのみました。「ご注文の品をお届けにきました」と配達員。どこか声に聞き覚えがあったといいます。額には汗。夜とはいえ、30度を超えている暑い日です。その顔をまじまじと見ていると、ハッと気づきました。間違いなく2年前に定年退職した田中(元)部長(仮名・62歳)でした。
山田さんの脳裏を駆け巡ったのは、かつて社内で「鬼部長」として名を馳せた田中部長の姿です。常に厳しい表情を崩さず、妥協を許さない仕事ぶりは、多くの部下を震え上がらせました。一方で、仕事のイロハを教えてくれたのも田中部長でした。山田さんはそんな部長を人知れず尊敬していたといいます。そんな元上司が、なぜ今、ここで配達員として目の前にいるのか…リストラ、再就職の失敗、ローンの返済…。山田さんの頭には、ネガティブな言葉ばかりが浮かびます。
「…ぶ、部長ですか?」
かろうじて絞り出した声に、相手は顔を上げ、山田さんを認めると、意外にも満面の笑みを浮かべました。
「おう、山田か! 奇遇だな! このマンションだったのか」
その表情には、山田さんが想像したような悲壮感は一切ありません。むしろ、現役時代には見せたことのないような、快活さに満ちています。絶句する山田さん。かろうじて「なぜ、配達員を?」と質問すると、田中さんは楽しそうに語り始めました。
「定年後、しばらくは悠々自適な毎日を楽しんでいたんだが、どうにも体がなまってしまってね。健康のためにと思って始めたんだが、これが面白いんだよ」
田中さん曰く、この仕事は発見の連続だそうです。毎日違う道を走り、これまで知らなかったお店や近道を見つける。配達先でお客さんから「ありがとう、助かります」と直接声をかけられることが、現役時代には感じなかったやりがいにつながるのだとか。
役職や肩書、部下からの評価といった重圧から解放され、純粋に「働くこと」そのものを楽しんでいるようでした。