定年とともに起業を目指すシニアが増えています。現役時代の経験をもとに、好きなことでビジネスを起こす……憧れる人も多いシニア起業ですが、そこには「社会人経験豊富」だからこその落とし穴も。ある男性のケースをみていきます。
「俺のやり方で客は来る!」元部長60歳、〈退職金2,000万円〉でこだわりのコーヒーを提供するカフェ開業の「悲惨な末路」。閑散とした店内で妻は静かに通帳を閉じた (※写真はイメージです/PIXTA)

シニア起業…「3つの罠」

帝国データバンク『2024年「新設法人」動向調査』によると、2024年に全国で新設された法人は5万3,789社(2025年4月時点)で、2023年を上回り過去最多を記録し、企業新設時の代表者平均年齢は48.4歳と上昇傾向。定年退職後の「シニア層」=60歳以上での起業増が要因のひとつとされています。ちなみに新設法人の13.2%は、代表の年齢が60代とのことです。

 

シニア起業の業種として飲食店は多いものの、開業5年で約8割が廃業するといわれるほど廃業率が高く、他の業種と比較して淘汰されやすい業界です。そのうえで、シニア開業には、田中さんのように会社員として成功を収めた人物ほど陥りやすい、致命的な「罠」が存在します。

 

罠1:大企業と個店の違い

部長として部下を動かし、確立された組織のなかで成果を出すことと、ゼロから店の経営者としてすべてを1人で担うことは、まったく別のスキルセットを要求されます。田中さんの「俺がやるんだ」という自信は、この根本的な違いへの無理解から来ていました。個店の経営者は、コーヒーを淹れるだけでなく、掃除、経理、さらに最も重要な集客まで、すべてを自分でやらなければなりません。

 

罠2:プロダクトアウトの危険性

「本物の味がわかる客だけが来ればいい」という言葉は、田中さんの失敗を象徴しています。これは典型的な「プロダクトアウト(作り手がいいと思うものを作る)」の発想。しかし、ビジネスの基本は「マーケットイン(顧客が求めるものを提供する)」。品質へのこだわりは最低条件に過ぎず、その価値を顧客に届け、対価を払ってもらうための戦略がなければ、ただの自己満足で終わります。

 

罠3:集客戦略の欠如

開店当初の賑わいは、田中さんの「人脈」が生んだもの。持続的な経営のためには、まったく新しい顧客を獲得し続ける仕組みが不可欠です。田中さんが「チャラチャラしたもの」と切り捨てたSNSこそ、現代の小規模店舗にとって最も重要な集客ツールのひとつ。それを軽視した時点で、勝負は決まっていたのかもしれません。

 

「結局、くだらないプライドが失敗の一番の原因ですよね」

 

智子さんの冷静な分析がすべてを物語っています。

 

[参考資料]
帝国データバンク『2024年「新設法人」動向調査』