「法律で定められたとおりに財産をわける」――遺言書を作成する際、多くの人が最も公平で安全な方法だと信じるのが、この「法定相続分」に基づいた分割です。しかし、法律上の正しさだけでは語り切れない実態があるようです。本記事ではAさんの事例とともに、法定相続分に潜む意外な落とし穴について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
貯金3,000万円を遺されたが…遺族年金ゼロ・国民年金80万円のみの77歳妻、行政書士が助言した「夫の遺言」によって老後破産した理由【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

独立後の生活、40代で再スタート

独立後、仕事は当然すぐに獲得できるものではありません。Aさんにとって苦労の連続でした。それでも、自宅を事務所代わりに、休み返上でコツコツと仕事を続けた結果、事業はやがて軌道に乗ります。家族の生活を支えるのには不自由のない収入を得るに至りました。

 

Bさんも直接的な仕事のことはわからないながらも、電話番や書類整理などで事務所を支えました。

 

老後を迎えて

さまざまな苦労があったものの、Aさんは個人事業としての社会保険労務士事務所を無事に終え、夫婦は穏やかな老後の暮らしをスタートさせました。

 

事業で蓄えた資産は、主にAさんが使っていた個人事業用の口座にあり、その額はおよそ3,000万円。これに加えて、バブル時代にAさんが購入した株式が1,500万円ほどありました。老後の2人の暮らしを営むうえで、大きな不安はないはずの金融資産です。

 

ただ、Bさんはそうしたお財布事情を詳しくは把握していませんでした。Aさんから毎月定額の生活費を受け取り、不自由なく暮らしていたため、細かいことは気にせずに過ごしていたのです。Bさん自身の国民年金は、個人のお小遣いとして使い、それ以外の家計の采配は、すべて夫であるAさんに任せる暮らしでした。

 

そして、何事も妻に相談しないというAさんの習性は、老後になっても変わることはなく、むしろその傾向はより強まっていたのかもしれません。

闘病中の夫「心配ない、遺言書を用意した」

Aさんが80歳、Bさんが77歳のときに、夫婦の別れは訪れました。Aさんはガンを患い、数年の闘病生活の末に息を引き取ったのです。突然の別れではなく、病状の経過を見守るなかでBさんの覚悟は決まっていたものの、闘病生活のなかで一人残されることに不安を感じていました。しかし、頑固で几帳面だったAさんは、こういって妻を安心させます。

 

「特に心配はいらない。法律で決まった配分でお前に財産を残す、きちんとした遺言書を用意しておいたから」

 

Bさんはそのひと言に深く考えることもなく、「それなら大丈夫だろう」と高をくくっていたのです。