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遺言書に失望…妻に残されたのは、家とわずかな年金のみ
しかし、葬儀を終え、確認した公正証書遺言の内容にBさんは困惑します。そこには、
自宅不動産(評価額3,000万円)は、妻Bさんに。
現預金と株式(合計2,800万円)は、2人の子どもに半分ずつ(各1,400万円)。
そう相続させることだけが記されていました。
公正証書遺言の案文作りを担った行政書士によると、Aさんの希望はただ一つ、「法律で定められたとおりに家族に相続させたい」というものだったといいます。行政書士は「法定相続分」の考え方(配偶者が1/2、子どもが残りを均等分割)を伝えただけで、Aさんはそれを杓子定規に当てはめてしまったようです。
そこには、子どもたちに父としての威厳を感じさせたい、というAさんの想いもあったのかもしれません。自宅不動産(3,000万円)を妻に残せば、法定相続分である約2,900万円(※総資産5,800万円の半分)を超えます。そのため、残りの金融資産(2,800万円)はすべて子どもたちへ、という単純な割り振りになったのでしょう。
しかし、「法定相続分を満たす」ことを主眼に置いた結果、妻Bさんの老後は極めて不安定なものとなりました。Bさん自身の貯蓄はほとんどなく、年金も年間80万円ほどの国民年金のみ。夫は自営業者だったため、遺族厚生年金もありません。Bさんに残されたのは自宅と、自身のわずかな年金だけ。とても生活していける水準ではなかったのです。
本当の“正解”は、どこにあったのか
では、AさんBさんはどうすればよかったのでしょうか。答えは一つではありません。
まず、Bさんは家を売却すれば、当面の生活資金を確保することはできます。しかし、高齢になってから住み慣れた家を離れるのは、簡単な決断ではないでしょう。Bさんはまだまだ元気で10年以上先の暮らしのことを考えなくてはいけないのです。
また、子どもたちに良識があれば、遺言書の内容にかかわらず、母親の生活を支えるための遺産分割協議を改めて行うこともできます。それ以前に、AさんがBさんに相談しないという性質もいまに始まったことでもありませんので、Bさん自身が「生活していけるだけの現金は私に残してほしい」と、夫に明確な意思を伝えておくことも重要でした。
さらにAさんが、遺言書とは別に、生命保険を活用し、保険金の受取人をBさんに指定しておく、という方法も考えられます。
このように、検討すべき選択肢は数多くありました。しかし、夫がお財布の紐を握る状態が当たり前となり、「法定相続分」という言葉を思考のベースにしてしまったことが、Bさんの老後を不安定にしたのです。法定相続が、必ずしも円満な相続に繋がるわけではありません。
夫婦のどちらが先に旅立っても、残された側が安心して人生をまっとうできる生活設計を考えること。それこそが、法律上の数字を当てはめる前に、最も優先されるべきことなのかもしれません。
森 拓哉
株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン
代表取締役