介護は身体・精神面において大きな負担がかかるが、金銭面における負担も無視できない。親の介護費用を子どもが支払うケースが散見される。経済的に余裕がない場合、なあなあにしていた支払いが、時を経て、親子関係やきょうだい関係を壊すトラブルの原因になることも少なくない。そうしたトラブルは極力避けたいものである。旦木瑞穂氏の著書『しなくていい介護』(朝日新聞出版)より、筆者の実体験とともに、「親の介護費用は親が出す」ことの重要性と、事前にできる対策をみていく。
銀行員「息子さんでもお教えできません」認知症・母の部屋から見つけた“8本の印鑑”。間違えれば口座凍結…母本人すら忘れていた登録印を特定した〈意外な方法〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

「預かり金」や「代理人キャッシュカード」作成を検討すべきワケ

この口座は義母宅の家賃や電気ガス水道代の引き落とし先であり、年金の入金先でもある。凍結されたら年金も使えなくなるし、ライフラインの支払いも滞る。そうなれば、夫は自分の財布を開かないといけなくなるかもしれない。夫は成年後見制度を家庭裁判所に申請する手があることを知っていたが、士業が後見人に指定されると、義母が死ぬまで毎月の費用が発生するし、家族が指定されても、煩瑣(はんざつ)な手続きが課せられることになり、いずれにしても大変な重荷を背負うことになるのは変わりないため、利用せずにいた。

 

夫は残る7本の印鑑から、最初に押した印鑑と同じくらい年季が入った印鑑を押して、再提出した。しかしまた「書類不備」で戻ってきてしまう。

 

悩んだ夫は、直接義母のメインバンクへ行き、身分証明書を提示し、窓口で現状を話して相談した。すると窓口の行員は「息子さんであっても登録印を教えることはできません」と一言。「万策尽きた」と思い、夫は天を仰いだ。

 

しかし、行員は続け様に言った。

 

「払い戻し請求書を使って、お持ちの通帳から千円札を引き出す申請をしてみてください。書類に押印欄があるので、印鑑が正しければ引き出せますよ」

 

瞬間、光明が射した。聞けば、この方法を1〜2回試して、登録印を確認する人は結構いるのだという。ATMを介さないので、暗証番号を入力する必要もない。夫は払い戻し請求書に残りの6本の印鑑を順に押していき、ようやく4本目に正解に辿り着いた。

 

こうした夫の経験から、筆者は名古屋で暮らす実母の通帳と印鑑の場所を確認しておいた。

 

親が後期高齢者になれば、介護はいつ始まってもおかしくない。備えは早ければ早いほど安心だ。できれば前期高齢者になったら、親の財産や重要書類のありかを聞いておくとともに、「預かり金」や「代理人キャッシュカード」を作っておくことを検討してほしい。

 

 

旦木 瑞穂

ノンフィクションライター/グラフィックデザイナー