(※画像はイメージです/PIXTA)
人間関係も整理
Aさんは尊敬するブロガーを真似て、人間関係も整理していきました。ブロガーの投稿には「いままで俺はバカだった。苦手な人間とは縁を切る。これだけで人生が楽になった」とあります。コロナ禍はそれに都合のよい言い訳を与えてくれたのです。
大学時代の友人はすべて連絡先をブロック。高校時代の同級生から送られてきた同窓会の案内には「コロナ禍だから申し訳ございません。興味もありません」と書いて即返送。それでもときどき知人からメッセージアプリに連絡が入ることがあります。そのため、思い切ってメッセージアプリ自体を解約しました。SIMを入れ替えて電話番号も変えてしまいました。
「友達付き合いは面倒だし、時間もお金もかかる。情緒的負担も大きい。そんなものは自分にはいらない」
そして交際していた恋人とも、コロナ禍を言い訳にお別れをしました。しかし、極端な行動に走り続けるAさんをみてきた恋人の女性は、別れ際にこうメッセージを送ってきたのです。
「ミニマリストとかいってるけど、あなたが逃げてるものに向き合ったほうがいいよ。自分と和解したほうがいいと思います。では、さようなら」
Aさんはそんな言葉に対して聞く耳を持たず、「だからこういう情緒的負担が無駄なんだ」と心の中で憤るばかり。
実はAさん、親の連絡先を削除するまでもなく、もう10年以上前から疎遠になっていました。岐阜に住む両親は、どちらも小学校の教員。ルールに厳しく、融通がききません。
小学2年生だったAさんが道で50円玉を拾って隠し持っていたことを両親に知られ、激怒されたことがあります。数時間ものあいだ延々と説教をされ、ついには警察に一緒に行き、警察官に謝罪させられ取得物の届出をすることになりました。警察官は困惑し「お父さん、怒り過ぎですよ」とたしなめたのですが、「ルール違反は犯罪ではないのか!」と激昂し、自分の子供がまるで犯罪者かのような扱い。
両親の前ではいつもルールを守っていることを殊更にアピールする子供になり、高校になっても、少し自由なことをするだけで「こんなことをすると怒られてしまう」という思いが胃の奥から込み上げるようになったのです。下校中に寄り道すらしたことがありませんでした。
大学に入って実家を離れてからは、生い立ちの反動なのか、好き勝手に生きることに夢中になっていきました。苦手な野菜は食べない、禁止されていたジュースはいくらでも飲む、連絡もせずバイトを辞める、スマホをいじりながら食事をする、いつまでもネットにかじりつく……。子供じみているとも思いますが、それをやっても誰にも咎められないという自由は心の底から痛快でした。
しかし、それでも誰かに強く叱責されるのではないかという恐怖が消えることはありませんでした。大人になったいまでは、コンプライアンスという言葉が苦手です。同僚が少しのミスをコンプライアンス委員会に理詰めで責められ、事情関係なく一方的にルール違反の犯罪者となってしまうようなあの雰囲気を感じると、両親の「あの言い方」を思い出し、一気に委縮してしまうのです。
解放されたいという強迫的な思いはいつも消えることがありません。