マイホーム購入時に受けた、親からの援助。購入を後押ししてくれた親の優しさが、相続などをきっかけに、深刻な家族トラブルに発展するケースがあることをご存じですか? 実情をみていきましょう。
世帯年収770万円の30代夫婦、夫の突然死により「団信」で住宅ローン完済も…遺された妻と娘が「住む家を失った」ワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

夫の死後、豹変した義母の痛烈な言葉

「どうして私はいつまでも幸せになれないのか」そんな落胆する気持ちを抱えたまま、葬儀を終え、千早さんは今後の手続きを進めはじめました。住宅ローンは、銀行で加入した団体信用生命保険(団信)によって完済されることがわかり、住む家は残ることに安堵します。

 

しかし、順平さんが遺した生命保険の死亡保険金は1,000万円。その受取人は千早さんではなく、順平さんの「お母さん」になっていました。順平さんが独身時代に加入した保険のまま、名義変更を忘れていたのです。

 

住宅ローンはないけれど、今後の生活はどうしよう……。自分の給料と遺族年金で、娘を大学まで出してあげられるだろうか。そんな不安が押し寄せた矢先、千早さんは義母に呼び出されます。

 

敷地内の隣にある義両親の家を訪ねると、ダイニングテーブルに座る義母が、硬い表情で口を開きました。

 

「順平が遺してくれた保険金1,000万円は、あなたに渡します。その代わり、この家から出ていきなさい」

 

一瞬、言葉の意味が理解できませんでした。義母は続けます。

 

「息子が亡くなった以上、あなたたちにずっとここに居座られると、将来、相続で揉めることになる。あの家は、この1,000万円で私たちが買い取ります」

 

義母が恐れていたのは、千早さんの娘の存在でした。順平さんと養子縁組をした千早さんの娘は、法律上、順平さんの実子として扱われ、義両親の財産についても代襲相続する権利を持ちます。義母は、自分たちが先祖から受け継いできた大切な土地が、血の繋がらない千早さんの娘に渡ることをなによりも恐れていたのです。

遺された家族が家を失わないために

千早さんのように、予期せぬ事態で住まいを失う状況に陥る方は少なくありません。今回の事例から、私たちが学ぶべき教訓はなんでしょうか。

 

親の「厚意」に潜む、世代間の価値観のズレ

千早さんは、義父の「土地を無償で貸す」という申し出を、純粋な優しさだと信じていました。しかし、義父の世代には「家や土地は、血の繋がった長男が継ぐのが当たり前」という価値観が根強く残っている場合があります。

 

その価値観のもとでは、息子が亡くなった場合、その土地は「息子の嫁(千早さん)と、血の繋がらないその連れ子」ではなく、「自分たちのもの」に戻ると考えるのが自然です。親からの申し出を受ける際は、こうした世代間の価値観の違いが存在する可能性を理解しておく必要があります。

 

生命保険の目的は「ローン返済」だけではない

「団信で住宅ローンがなくなるから、死亡保険は少なくていい」というのは、よくある大きな誤解です。今回の千早さんのケースが示すように、住む家が残っても、その後の生活を再設計するためのお金がなければ、家族はたちまち困窮してしまいます。

 

生命保険は、ローンを返済するためだけのものではありません。遺された家族が、

 

1.当面の生活を維持するための生活費

2.人生を再出発するための移行費用(引っ越し費用や、今回のケースのような家の買い取り・解体費用など)

 

といった、2つの役割を担う重要なものです。

 

また、保険金の受取人が誰になっているかは、定期的に確認する習慣をつけましょう。

 

親の土地に家を建てるという選択は、一見、経済的メリットが大きいように思えます。しかし、そこには、当事者の力だけでは解決できない法律問題や、家族間の感情的な対立といった、根深いリスクが潜んでいます。特に、千早さんのように連れ子がいる再婚家庭の場合は、より慎重な判断が求められるでしょう。

 

もし、どうしても親の土地に家を建てるのであれば、必ず中立的な立場の弁護士といった専門家へ事前に相談しましょう。感情を抜きにして、起こりうるあらゆるリスクを想定し、万一の事態が起きても家族全員が路頭に迷わないための具体的な対策(適切な生命保険金額の設定、法的に有効な契約書の作成など)を提案してもらうことも可能です。