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3,000万円あった退職金が、3分の1に?
「退職金が振り込まれた通帳を見て、やはりテンションは上がりましたよ。3,000万円ですよ。これで穏やかな老後が送れると安堵したのが昨日のよう……」
都内在住の鈴木美佐子さん(65歳・仮名)。3年前に定年退職した夫・雄二さん(68歳・仮名)と、2人暮らしです。退職を前にした当時、美佐子さんは漠然とした不安を抱えていました。毎月決まって入ってきた給与がなくなる生活。年金だけで、これまでと同じような暮らしを維持していけるのだろうか。そんな妻の心配をよそに、雄二さんはいつも豪快に笑い飛ばしていたといいます。
「何をそんなに心配している。退職金、3,000万円だぞ。ちょっとやそっとじゃなくなりゃしない、大丈夫」
その言葉に、美佐子さんも不安な気持ちを押し込めていました。長年連れ添った夫です。昔から少し無鉄砲なところはありましたが、仕事に関しては実直そのもの。家族のために懸命に働いてくれたことへの感謝と信頼がありました。
退職後、雄二さんは「第2の人生を謳歌する」とばかりに、趣味のゴルフや友人との旅行に頻繁に出かけるようになりました。美佐子さんも穏やかで楽しい日々が続くことを信じて疑いませんでした。異変に気づいたのは、退職から2年が経ったある日のこと。家の修繕費用について雄二さんに話をしました。日々の取り崩しは美佐子さんが管理している老後資金の口座からでしたが、今回は金額が高くなるため、雄二さんが管理している退職金の口座から取り崩さないか、という相談です。しかし雄二さん、歯切れが悪いのです。そして重い口を開いた夫の告白に、美佐子さんは耳を疑いました。3,000万円あったはずの退職金が、1,000万円を切るほどにまで減っているというのです。
「どうして……どうしてそんなことになるの⁉」
問い詰める美佐子さんに、雄二さんはバツが悪そうに視線をそらしながら、信じられない言葉を口にしました。
「暗号資産に投資して。ちまたでは儲かるって言っているだろう。ずっと順調だったんだが、最近、大きく値を下げてしまって……」
美佐子さんは、その場で崩れ落ちそうになるのを必死でこらえました。老後の安心のため、できるだけ手を付けないと言っていた退職金。しかし、妻に一言の相談もなく、ハイリスクなものに投じてしまった……。
「別に、投資がいけないなんて言わない。でも、たとえば半分は預貯金に残すとか、そういう考えにはならなかったの?」
そう訴える美佐子さんに対し、雄二さんは悪びれる様子もなく、こう言い放ったのです。
「大丈夫だって。売らなければ負けは確定しない。今は耐えるときだ。長い目で見れば、また必ず上がる」
その言葉は、もはや美佐子さんの心には響きません。目の前にいるのは、どこまでも楽観的な夫。昔から変わらない無鉄砲な性格が、最悪の形で噴出してしまった――「この先、この人と生きていくと思うと、心配でなりません」。美佐子さん、絶望でしかないとため息をつきます。