たとえば、同じ「1億円」でも、自ら稼ぎ積み上げた資産と、宝くじや相続でポンと手に入れたお金とでは、その価値も意味もまったく異なります。大金は、その人の“器”を試すものです。自らの力で稼ぎ、少しずつ資産を築いてきた人間は、お金との付き合い方を知っているもの。しかし、そうではない人が突然大金を手にすると……。本記事では、Mさんの事例とともに「労せずして得た大金」の危険性について、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。
なにもかも、手遅れです…年金12万円の84歳母と実家暮らし。最低賃金で働く「54歳息子」の人生を喰らった「父の遺産1億円」【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

父の死をきっかけに

40歳を超えたころから、非正規の仕事すらみつからなくなっていました。職場の管理職はみな自分より年下か同世代。見下されているようにも思え、なにか叱責されるたびに自尊心が傷つきます。父親が亡くなり、遺産を相続したのを機に、仕事を探すのを辞めてしまいました。

 

父の遺産は、世田谷の一軒家と約4億円の現金。法定相続人は母親TさんとMさんだけで、大きな相続税の支払いが必要だと発覚しましたが、父親が計算して残してくれた生命保険のおかげで納税することができました。母親Tさんは自宅と、現金のうち2億円を母親が、1億円をMさんが相続するという遺言書どおりに遺産分割を終わらせました。

 

1億円。サラリーマンが一生かけても貯められない金額を、44歳で持つことができたとMさんは、父を失った悲しみと同時に、自分が勝ち組にでもなったかのような錯覚に酔いしれました。

 

「でも1億円だけでは一生遊んで暮らすことはできないだろう。これを元手に軽く商売でもして小銭を稼いで生きていこうか。母親が亡くなったら、自宅もオレのものだし、現金もそれなりに残るはずだ。高齢者がそんなにカネを使えるわけがないからな」そんなことをMさんは考えたのです。

 

最初は相続財産を大切に使っていこうと思っていたMさんでしたが、あっけなく使い切るまでにそれほど時間はかかりませんでした。

「自称“経営コンサルタント”50代男性」の痛々しさ

Mさんが始めたのは、なぜか経営コンサルタントでした。きっかけは書店でみつけた「コンサルタントとして独立するための本」という安直な内容の本。「顧客から先生というポジションを得られる」という筆者の説明に魅力を感じたようです。本の中で誘導されるがまま、筆者主催のセミナーを約150万円で受講し、卒業した途端いきなりオフィスを借りるという暴挙に出ました。コンサルタントはおろか、正社員として会社勤めしたのは1年だけ、企業経営者に語れるものはなにもありません。

 

なぜ自分が成功すると思い込んだのかは不明ですが、Mさんはまず「成功者の記号」を集めることに夢中になりました。最初に買ったのがなぜか高級車。1,000万円ほどもする輸入車のSUVに買い替え、次に渋谷のオフィスビルの一室を借りました。

 

顧問先をみつけるために経営者向けのセミナーを開こうとしたものの……。そのテーマは「人生を変える自己投資」「真の経営思考」など、単なる自己啓発セミナーです。当然集客はゼロ。

 

前職での目立った実績がなく、先鋭化した専門分野もなく、経営者が求める実践的な価値もないMさんでは、コンサルタントしてビジネスをするのはほぼ不可能でしょう。中小企業の経営者にアクセスするために、税理士や弁護士、商工会議所や各種業界団体にアクセスするような地道な努力が必要だとはMさんは考えたこともありません。考えたとしてもそのような泥くさい営業はしたくないのです。