たとえば、同じ「1億円」でも、自ら稼ぎ積み上げた資産と、宝くじや相続でポンと手に入れたお金とでは、その価値も意味もまったく異なります。大金は、その人の“器”を試すものです。自らの力で稼ぎ、少しずつ資産を築いてきた人間は、お金との付き合い方を知っているもの。しかし、そうではない人が突然大金を手にすると……。本記事では、Mさんの事例とともに「労せずして得た大金」の危険性について、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。
なにもかも、手遅れです…年金12万円の84歳母と実家暮らし。最低賃金で働く「54歳息子」の人生を喰らった「父の遺産1億円」【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

簡単に失った、それまでの金銭感覚

成功の記号ばかり集めたMさんは、経費が毎月出ていくばかり。みるみるうちに1億円あった資産が減っていきました。ダイレクトメールを制作しようとすると、すぐに大きな広告代理店に依頼をし、また数百万円が出ていきます。ウェブ広告を出そうとしてまた大手代理店に依頼して数百万円。しかし残念ながら集客はゼロ。広告を打ちまくるMさんに集まるのは、広告の営業マンだけでした。しかし「社長」と呼ばれるたびに自尊心が満たされ、Mさんは次々に広告を出しては、経費の無駄遣いを積み上げていきます。

 

売上がゼロのまま5年が過ぎたころ、ついに貯蓄はゼロに。お金がなくなると営業マンも露骨にそっぽを向くものです。ある営業マンと口論になったときには「広告を出すのが趣味の無駄遣いボンボンおじさん」とまで揶揄され、Mさんはひどく傷つきました。

 

さすがに渋谷のオフィスは退去し、広告を出すのは辞めてしまいましたが、代表と書かれた名刺だけは捨てられずずっと持ち続けました。実態は5年前から無職同然なのですが、自称は「経営コンサルタント」のままなのです。

 

一方で、母親Tさんは70代後半、年金(月12万円程度)だけで暮らし父の遺産の残りを細々と守っていました。しかし世田谷区の戸建ては維持費も高額です。古くなってきた建物の修繕や固定資産税、火災保険など、毎年お金が出ていく状態。74歳のときに軽い脳梗塞を患い、左半身がやや不自由です。息子のMさんは頼りにならないため、早いうちに介護施設を探そうと考えています。

 

しかし、1億円を失ったMさんは「事業資金に必要だ」「投資で母さんの資産を増やす」などと言葉巧みにお金を無心する有様です。母親Tさんが拒むと、大声を出し、家の壁を蹴ることもたびたび。

 

母親がMさんの衣類を洗濯するときにポケットに入っていたのは、夜の飲食店の女性の名刺。以前はなかったはずなのに、夜に飲み歩く習慣ができているのでしょう。それを指摘すると、Mさんに包丁を持ち出されたことさえあります。

 

Mさんは積もり積もった自尊心の毀損から、日ごろの行動がおかしくなってしまったのかもしれません。