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「罰が当たる」消極的な母と、「無縁仏にさせない」長男の平行線
お墓をめぐる考え方の違いが、親子間の溝を深めることがあります。先祖から受け継いだものを守りたい親世代と、将来の負担を現実的に考える子世代。その隔たりは、時に深刻な対立を生むことも。
都内で暮らす田中よし江さん(仮名・82歳)と長男の明彦さん(仮名・55歳)も、まさにその問題に直面しました。
最初に「墓じまいをしよう」と提案したのは明彦さん。しかし母のよし江さんは、ただ黙って首を横に振るばかりだったといいます。都内で年金暮らしをする母と、その一人息子。お墓をめぐる2人の議論は数カ月、まったく進展しませんでした。
明彦さんには子どもがおらず、自分たちの代で墓の承継者がいなくなることは明らかでした。将来、荒れ果てて無縁仏になってしまう前に、責任をもって「墓じまい」をしたい。それが切実な思いでした。しかし、よし江さんにとって、それは到底受け入れられる提案ではなかったのです。
「先祖代々の墓を、私の代でなくすなんて罰が当たります。亡くなったお父さんにも顔向けできません。体が動く限りは、私がちゃんと守っていきたかった」
そう繰り返す母に、明彦さんは現実を突きつけます。
「その体がいつまで動くんだよ。俺たちの下には子どもがいないんだぞ。そうなったら、どうするんだよ、あの墓!」
一般社団法人 終活協議会/想いコーポレーショングループが行った『墓じまいに関する意識調査』によると、墓じまいを考える理由の最多は「跡継ぎがいない」(35.7%)。「実家や墓が遠方で通うのが難しい」(15.1%)、「お墓の掃除や管理が負担になっている」(11.4%)と続きます。明彦さんがお墓に対して抱く懸念は、多くの人が抱くもののようです。
膠着状態を打ち破ったのは、その年の酷暑の夏、よし江さん自身が身をもって体験した、ある出来事がきっかけでした。
お盆を前に、「私一人で大丈夫」という意地もあってか、よし江さんは明彦さんに告げず、1人で県外の墓へと向かいました。しかし、バス停から墓地へと続く緩やかな坂道は、80代の体にはあまりに過酷でした。うだるような暑さのなか、数分歩くだけで息が切れ、めまいがします。
やっとの思いで墓にたどり着き、汗だくで草むしりを始めた、その時でした。急な吐き気と、目の前が暗くなる感覚に襲われました。
「これは危ない、と思いました。熱中症になりかけていたんでしょうね。慌てて木陰に座り込みましたが、しばらく動けませんでした」
朦朧とする意識のなか、ふと隣の区画の、雑草に覆われ、墓石が黒ずんで傾きかけたお墓が目に入りました。おそらく、もう誰も訪れる人がいなくなってしまったのでしょう。「うちの墓も、いつか……」。その時、明彦さんが口を酸っぱくして言っていた「無縁仏」という言葉が、初めて現実のものとして明確になったといいます。
「息子に心配をかけて、こんな場所で倒れたら元も子もない。私が守りたかったのは、ご先祖様なのか、それとも、ただの自分の意地だったのか。そう思ったら、私の代でお墓を閉めようと思ったんです」
この日の出来事が、よし江さんの頑なだった心を大きく動かしました。帰宅後、よし江さんのほうから明彦さんに、お墓での出来事を正直に打ち明け、「もう、私1人の力では無理だと、嫌というほど分かったよ。この前の話、あんたの言うとおりにしよう」と、深々と頭を下げたといいます。