(※写真はイメージです/PIXTA)
急激に認知が進み、迷惑行為が目に余る状態に
施設側も母親の認知症の進行は把握しており、ケアを続けていました。しかし、母親が81歳になるころ、認知症が原因と思われる行動が目立ちはじめます。食事を拒否したり、食堂で周りの入居者や職員に暴言を吐いたりすることが頻繁になり、ついに施設から福山さんへ連絡が入ったのです。
電話を受けた福山さんは、少し声が大きくなってしまいました。
「ターミナルケアもあり、看取りまでお願いできるのではなかったんですか?」
これに対し、電話をかけてきた施設長は落ち着いた口調で説明します。
「契約書にも記載のとおり、一定の条件に当てはまる場合は退所をお願いすることがございます。今回は、暴言によってほかの入居者様や職員への影響が大きいこと、また食事拒否により当施設では対応できない医療行為が必要と判断されるため、大変申し訳ありませんが、早急の退所をお願いいたします」
思わず福山さんは言葉を失いました。
高齢者向け施設の退所理由
もちろん、認知症や介護についてはサービスを提供している施設も多く、基本的には、症状が悪化しても退所する必要のないケースも多くあります。しかし、今回のようにほかの入居者や職員への迷惑行為が続く場合や、施設で対応できない継続的な医療処置が必要になった際には、退所を迫られることがあります。
また、ほかの退所理由で多いのが、利用料金の滞納です。年金の少ない人が、貯蓄や親族の援助をあてにして高額な老人ホームに入居したものの、想定外の出費などで支払いが困難になる、という最悪の事態も考えておかなくてはいけません。事前に見積もりで出された金額だけではなく、臨時出費などにも備えておく必要があり、入居前に資金計画をしっかりとしておくことも大切です。
「看取りまで」は絶対ではない…退去リスクも考えておく
では、なぜ福山さんの母親は退所に至ってしまったのでしょうか。
施設に入ってから、母親はほかの入居者との交流をほとんど持たず、福山さんも多忙から面会に行く機会が少なくなっていたようです。こうした孤立が、認知症の進行を早めたのかもしれません。また、施設のケアは受けられていたようですが、病院へ行って施設での対応が難しい処置を受けられなかったことも理由として考えられます。
もし家族がこまめに様子をみていれば、MCI(軽度認知障害)の段階で治療を始めるという選択肢もありました。MCIは、早期に治療すれば進行を遅らせたり、症状を改善させたりできる可能性があります。家族が病院へ付き添い、治療を促すことも大切な関わりの一つではないでしょうか。
高齢者向け施設は職員やほかの入居者がいるため安心な面もありますが、環境に馴染めず孤独を深めてしまうケースも少なくありません。遠く離れて暮らす親とのコミュニケーションは、難しい面もあるでしょう。しかし、できる限りコミュニケーションをとり、状況の変化に早く気づくことが、こうした事態を防ぐ鍵となるのかもしれません。
吉野 裕一
FP事務所MoneySmith
代表