(※写真はイメージです/PIXTA)
「お願いだから、出ていってくれ!」…老後の計画を破壊した「出戻り長男」
将太さんは大学卒業後、IT系の企業に就職し、数年後には結婚して家を出ていました。隆さん夫婦もひと安心していたのですが、その生活は続きませんでした。将太さん、33歳のときに離婚。その後、「仕事のストレスで心身のバランスを崩した」と会社を退職します。憔悴しきった姿で、隆さんたちの待つ実家に戻ってきたのでした。
「最初は、さすがに心配しました。心と体を休める場所が必要だろうと、妻と話し合って、しばらくはそっとしておこうと決めたんです」
しかし「しばらく」のつもりだった期間は、1年、2年と無情に過ぎていきました。将太さんは再就職活動をするでもなく、一日中自室にこもってゲームやインターネットに明け暮れる日々を送ります。食事の時間になるとリビングに降りてきて、無言でテレビを見ながら箸を進め、終わるとまた部屋に戻っていく。そんな毎日が、延々と繰り返されました。
38歳の成人男性が1人増えれば、食費や光熱費、通信費は当然かさみます。さらに将太さんは無職にもかかわらず、毎月10万円の養育費の支払いがありました。当初は将太さんの貯金から払っていましたが、次第に隆さんに無心するように。
「離婚したとはいえ、孫は孫。将太が養育費を払わないと、向こうの生活も不安定になるでしょう。私たちが立て替えるしかなかったんです」
十分だと思われた老後資金だけでは、将来が不安視される――そんな状況に陥ってしまったわけです。そして、ある日の夜、夕食後、リビングのソファで寝転がり、スマートフォンをいじっている将太さんに、隆さんは意を決して話しかけました。
「将太、今後のことをどう考えているんだ。もうすぐ40歳だろう。そろそろ何か行動を起こさないと」
返ってきたのは、億劫そうな声でした。「わかってるよ。でもこんな人間を雇ってくれるところなんて、どうせないんだ」その投げやりな態度に、隆さんの中で張り詰めていた糸が切れました。40年近く、家族のために頭を下げ、身を粉にして働いてきた自負。やっと手にしたはずの穏やかな老後。そのすべてが、目の前の息子によって壊されていく画が頭に浮かびました。
「お願いだから、出ていってくれ! お前の人生だ、勝手にしろ! だが、俺たちの老後を食いつぶすのだけはもう我慢ならん!」
絞り出すような絶叫でした。将太さんは驚いたように父の顔を見つめ、やがて黙って自室に引き上げていったといいます。
内閣府の調査によれば、15歳~64歳の生産年齢人口において推計146万人、50人に1人が引きこもり状態にあるといいます。引きこもり状態になった理由としては、15~39歳では「退職したこと」21.5%、「人間関係がうまくいかなかったこと」20.8%と続き、40~69歳では「退職したこと」が44.5%、「新型コロナウイルス感染症が流行したこと」20.6%と続きます。
一度社会のレールから外れてしまい、再び戻ることが困難になってしまった――そんな現実が見えてきます。そして、その生活を支えるのは、隆さんのように年金や貯蓄で暮らす高齢の親世代というケースも珍しくありません。いわゆる「8050問題」。親が亡くなったあとに、引きこもっていた子どもが社会的に孤立し、生活が立ち行かなくなるケースも今後は増えていくと危惧されています。
専門家への相談や、各自治体が設置する「ひきこもり地域支援センター」といった公的機関へのアクセスが解決の糸口となりますが、世間体を気にしたり、「家族の問題だから」と抱え込んでしまったりする家庭が多いのも実情です。
「あの日以来、重い空気が家の中を漂っています。ただ、“そっとしておく”だけでは何の解決にもならない。長く、険しい道になるかもしれませんが、私たちの将来のためにも、長男を自立させないといけません」
[参考資料]
内閣府『2022年度こども・若者の意識と生活に関する調査』