(※写真はイメージです/PIXTA)
「もっと、もっと」と膨らむ欲…気づけば退職金は4分の1に
新NISAの口座を開設し、まずは担当者に勧められるがまま、比較的リスクが低いとされる全世界株式のインデックスファンドに100万円を投じました。すると、世界的な株高の波に乗り、面白いように資産が増えていく様子を目の当たりにします。毎日、スマートフォンのアプリで口座残高を確認するのが、何よりの楽しみになったといいます。
「これまでしたくもない仕事をしてお金を稼いできたのに、投資なら寝ててもお金が増える。もう舞い上がってしまいました。自分に投資の才能があるかのように錯覚してしまったんです」
健一さんはさらに積極的な投資にのめり込んでいきます。SNSや動画サイトで「億り人」たちの成功譚を目にするうち、「インデックスファンドだけでは物足りない」と感じるようになりました。次に手を出したのは、値動きの激しい個別株でした。幸いにも、その選択も大当たり。購入した銘柄は確実に値上がりし、わずか1週間で数十万円の利益を確定。この成功体験が、健一さんの金銭感覚を完全に麻痺させていきます。
「もっとリスクを取れば、もっと儲かるはずだ――そう考えるようになったんです」
健一さんは、残っていた退職金のほとんどをつぎ込み株式投資のほか、FXにも参入。最初はビギナーズラックも続きましたが、徐々に負けが込み、膨れ上がった含み損に耐えきれず、損切りを繰り返す日々が始まりました。
「次はきっと上がる」
「ここで売ったら後悔する」
仕事中も、食事中も、頭の中は投資のことばかりになり、家族との会話も上の空――そんな日が続いたある日、健一さんは大きな勝負に出ます。全財産に近い額を、ある企業の株式に集中投資しました。根拠はSNSで見かけた「インサイダー情報」と称する匿名の投稿。これが最後のチャンスだと、健一さんは勝負に出ます。しかし、市場は健一さんの思惑とは真逆の動きを見せます。翌日、その企業で不祥事が発覚し、株価はストップ安。健一さんの資産は瞬く間に溶けていきました。画面に表示された数字を見て、健一さんはその場に崩れ落ちます。
「もう真っ青ですよ」
スマートフォンの画面に表示された残高は、もはや見る影もありません。2,200万円あった退職金は、わずか500万円足らずにまで目減りしていました。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』によると、「金融資産残高が1年前から減った」と回答したのは20.9%。60代では23.7%が「減った」と回答し、減った割合は平均3.0割。また減った理由として『株式、債券価格の低下により、これらの評価額が減少したから』と回答したのは、60代で11.5%でした。
テレビでニュースが流れるなか、当たり障りのない相槌を打ちながら、ただ食事を共にする――そんな息の詰まるような毎日が続いています。
「もう妻の顔がまともに見ることができません。もしこの事実を知ったら……絶対、離婚されます」
力なくそう語る健一さん。とはいえ、負けが確定したわけではありません。今は確実に増やすことだけを考えて、運用を続けています。
「何年かかるかわかりませんが、妻に告白できるくらいまでには何とか取り戻したい……とにかく焦らず、コツコツと続けていきますよ」
[参考資料]
株式会社パーソル総合研究所『70歳までの就業時代に向け、シニア人材の実態や若手への影響に関する調査結果を発表 定年後再雇用で年収は平均44.3%減。過半数は職務変わらず』
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』